富士山の山頂の火口 (2013年5月25日撮影)
半数の人が払わない
富士山の登山シーズンが間もなくやってきます。ことし(2019年)の登山道開通は、山梨県側が7月1日から、静岡県側は7月10日からで、いずれも9月10日まで開いています。
昨年までとの違いは、「富士山保全協力金」(以後、入山料と書きます)をもらう相手が、「5合目から山頂を目指す登山者」から「5合目から先に立ち入る来訪者」にまで広げたことです。観光に来た人にまで払ってもらって、取り立てる割合を増やそうというわけです。払うか払わないかは自由です。が、なんとも煮え切らないやり方です。
「富士山保全協力金制度」は、富士山の環境保全や登山者の安全対策などに充てることを目的に、富士山頂を目指す登山者から1000円を基本にして払ってもらおうと2014年から山梨、静岡両県が始めました。法律に基づく制度ではないので強制力はなく、お金を払うかどうかの判断は登山者にゆだねられています。
徴収率はどうか、といいますと――。山梨県側で6割、静岡県側で5割です。半数の人しか出していません。両県当局はもっとお金を集めようということで、今季は対象者を広げたわけです。
何に使うのですか?
なぜ、半数の人しかお金を出さないのか――。答えは明確。環境保全だとか安全対策だとか言われても、初めての富士山訪問者にはピンと来ませんよね。そこは当事者の県も分かっています。
ことし3月6日の静岡県と地元住民代表との会議の席上でのこと。住民代表が入山料を強制的に徴収する制度を導入することについて、静岡県の考えを問うと、県の責任者(局長)はこう答えました。
「人生の間に(富士山の)頂上へ登る方は1回あるかないか、5合目に来る方も、遠方からお見えになる方は、初めてだという方がほとんどではないかと思う。そういう方々が、5合目の一定基準点から先に上がる時に、協力金を払ってくださいと急に言われても、協力金は何に使われているのかと、まず思われる方がほとんどではないか。だから、徴収率が上がっていかない。そういう反省が私どもにある。もう少し、広報をしっかりやり、充当先も分かりやすく皆さんに伝えていく努力を、私たちにさせていただきたいと、このように考えている」
なぜ「入山料」に注目するのか?
「1000円ぐらい、ガタガタ言わずに、さっさと出せばいいじゃないの」と、お思いの方もいらっしゃるかもしれません。
私も、例えばトイレの整備という、具体的で自分も世話になるような領域のものに充当するというのであれば、四の五の言わずに出します。しかし、抽象的でなんのことか目に浮かばないね、とか、それって国なり地方自治体の財源で手当てすべきじゃないの、と思ったら、ためらいます。
権利としての登山
こういう考え方があります。
ほとんどの方はご存じないと思いますが、「権利としての登山」というスローガンがあります。
これは日本勤労者山岳連盟(略称;労山・ろうさん)という全国で約650の社会人山岳会が加盟する全国組織があるのですが、ここが1978年に発表した「趣意書」という文書に「権利としての登山」という言葉があります。
趣意書の存在を知らずに労山傘下の山岳会に入った人がほとんどだと思います。
その意味するところは、登山はスポーツであり、感動や喜びを知る場でもあるわけだから、国や地方自治体は登山者のためにも登山道の整備や山小屋建設などに取り組む責任がありますよ、という訴えでした。
登山道の通行禁止と冬山登山
行政とのかかわりでもう1つ、気になっているのは、夏山期間以外の時期に、静岡県側の富士宮口登山道の6合目に設置される「通行止め」のバリケードです。
設置しているのは、県の出先機関。
根拠は、道路法です。
※道路法第46条(要旨)「道路管理者は、道路の破損、欠壊その他の事由により、交通が危険であると認められる場合は、区間を決めて道路の通行を禁止し、または制限することができる。
富士山の登山道は「県道」であり、道路管理者としての県が「交通が危険」との理由で通行止めとすることは筋が通っています。
ただ、理屈の上では、禁止されるのは「登山道」だけであって、そこ以外は通行できます。実際、冬山や残雪期の5月に登山する人は、そこをすり抜けて登山道ではない雪や氷の上を登っていきます。
「ガイドライン」に書かれている“登山禁止”
「富士登山における安全確保のためのガイドライン」という指針があります。ここでは夏山期間(=7月上旬から9月上旬までの登山道の開設期間)以外の時期の登山について、「登山禁止」規定を設けています。
環境省と静岡、山梨両県、地元自治体などで組織する「富士山における適正利用推進協議会」が策定しました。こう書かれています。
「夏山期間以外の時期は、十分な技術、経験、知識と、しっかりとした装備、計画を持った者の登山は妨げるものではない」と前置きしたうえで、「万全な準備をしない登山者の登山(スキー、スノーボードによる滑走を含む)は禁止する」
“禁止する”と言い切っているんです。
ただ、このガイドラインは、何かの法律に基づくものではないので、法的拘束力のない、いわゆる「行政指導」です。“万全な準備”かどうかの判断基準も、だれが判断するかも書かれておらず、権力を行使する人間の裁量に任されています。
「禁止する」なんて書かれていれば、性格が素直なたいていの人は萎縮します。
こういう形で、自由にのびのびと生きようとする我々の行動を狭めようと、ジワジワ迫ってくるのが危険なんです。
「使途」を両県のHPでみるとーー
さて、入山料の使い道はどうなっているのか、山梨、静岡両県のホームページでチェックしたところ――
◆山梨県(2018年度)収入総額8779万8564円
約2634万円=入山料の現地受取事務委託料など運営経費
約1787万円=安全指導員への手当てなど市町村への補助金
約1483万円=警備員の配置(委託料)など
約910万円=管理センター建物賃借料など
約610万円=外国人案内人への報酬など
約93万円=仮設トイレのレンタル料
ほか
◆静岡県(2018年度)収入総額5655万2948円
約1909万円=山頂の御来光時の安全誘導員配置
約931万円=山小屋3ヶ所のトイレ改修
約448万円=衛生センター(救護所)の開設期間延長費用
約392万円=持ち帰り袋配布係員への手当てなど
ほか
使途はこれでよいのか?
このように、入山者の整理などの要員のための人件費や事務的経費がほとんどです。トイレの「新設」はなく、改修もわずかです。こんな使い方でよいのでしょうか。
トイレ整備など使途を具体化する議論をしては?
入山料の在り方について検討しているのは、12人の学識経験者。「専門委員会」を設けて、使途や徴収する金額、対象者などを検討し、結果を富士山世界文化遺産協議会に報告しています。
その委員会での議論の中で、入山料を払えば公衆トイレをチップなしで使えるようにしてはどうか、という提案があったようです。
支払う目的が、公衆トイレの利用のためというふうに明確になれば、登山者の理解が得られるのではないか、というわけです。
ただ、現状では公衆トイレの利用者数や維持管理費、増設すべき場所などデータが十分でないうえ、「今後のデータ収集も容易ではない」などとして継続審議になりました。
トイレはだれもが利用する施設です。興味深いので、もっと深い議論を期待したいです。
さらに、使途をみますと、登山者や観光客からの入山料で手当てするのではなく、国なり県なりの税金、さらには山小屋関係者が対応すべきではないか、と考えたくなる事例もあります。
登山者が納得して払うような「使途」にして欲しい。