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コロナ禍~民間臨調が政府対応を検証

 

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政府の対応を検証した「コロナ民間臨調」の報告書

 

 

目次

 

 

場当たり的な判断の積み重ね

 

 政府の新型コロナウイルス感染症対策を検証した民間グループ「新型コロナ対応・民間臨時調査会」(コロナ民間臨調)調査・検証報告書を作成し、2020年10月8日に東京都千代田区の日本記者クラブで記者会見して公表しました。

 

 安倍晋三首相(当時)、西村康稔新型コロナ対策担当相はじめ政治家や官僚、自治体関係者ら当事者83人を対象に、弁護士と大学教授を軸にした作業チーム19人が,

延べ101回の聞き取りやインタビューをもとに原稿を執筆。それをコロナ民間臨調(委員長:小林喜光規制改革推進会議議長、委員:大田弘子前規制改革推進会議議長ら3人)に提出し、4人の委員の指導の下で「報告書」がまとまりました。

 

 ただ、首相ら一部政治家を除いて匿名を条件に取材しており、小池百合子東京都知事には取材ができていません。

 

 報告書はこれまでの政府の取り組みについて

「戦略的に設計された精緻な政策パッケージではなく、持ち場持ち場の政策担当者が必死に知恵を絞った場当たり的な判断の積み重ねだった」

と総括しています。

 

 しかし、政策決定に至るまでの、意思疎通を欠いた政府部内のお粗末な風景も浮き彫りにされていて、一読する価値はあります。

 

 466ページという分厚い報告書から、市民生活になじみのある興味深いトピックスを抜き出しました。

 

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突然の一斉休校指示

 

 新型コロナウイルス感染症への対応で、政府の専門的助言組織として「専門家会議」が設置されたのは、2020年2月14日だった。感染拡大に対する危機感が高まっていた最中の2月24日、専門家会議は単独で記者会見。

 現下の感染状況について「これから1、2週間が急速な拡大に進むか、収束できるのかの瀬戸際と述べ、国民に行動変容を訴えかけた。

 この「瀬戸際」発言はメディアに大きく取り上げられ、社会的反響を呼んだ。

 

 安倍首相は2日後の2月26日の新型コロナウイルス感染症対策本部で、大規模なイベントの中止・延期・規模縮小を要請した。

 安倍首相が続いて下した判断が、一斉休校だった。2月27日の対策本部で「全国すべての小学校、中学校、高校、特別支援学校について、来週3月2日から春休みまで、臨時休業を行うよう要請します」と発言した。

 文部科学省にとっては、突然の決定だった

 政府中枢においても、この意思決定にかかわった関係者は極めて限られていた。首相周辺が方向転換へと舵を切ったのだった。

 

 文科省としては、感染者が発生していない学校について予防的な休校を実施する場合、判断の権限は学校の設置者にあり、文科省として要請するのではなく、あくまで各自治体単位の判断で行われることになると考えていた。

 文科省職員は、全国一律の一斉休校が必要になるとは考えていなかったと述べている。(文部省幹部ヒアリング)

 

 2月27日午後、安倍首相が荻生田光一文科相首相官邸に招いた際、文科相は「総理、もう決めたんですか」とただした。首相がうなずくと「でも、一斉なんですか」となおもただした。

 首相はこういう事態になった以上、東京だけというわけにはいかないだろうと述べ、全国一斉休校の方針を伝えた。(首相官邸スタッフインタビュー)

 

 専門家会議に諮ることなく、決定された。

 

 学校がクラスター(集団感染)になってしまい、パニックが起きてしまうこと、その結果、子供から高齢者に感染が拡大するリスクを安倍首相は心配していた。(首相インタビュー、文科相インタビュー)

 首相は一斉休校の決定を文科省幹部に伝える際、「子供たちを守ろうよ」と述べた。(首相官邸スタッフインタビュー)

 

 

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日本記者クラブでの記者会見のようす

 

 

 

 

全戸配布の「アベノマスク」

 

 4月1日に安倍首相が発表した1世帯当たり2枚の布スクの全戸配布いわゆる「アベノマスク」は、厚労省経産省との十分な事前調整なしに、首相周辺主導で決定された政策だった。首相官邸からのトップダウンで断行された政策の1つだった。

 

 背景にあったのは、感染に対する国民の意識が高まる中、8割近くを中国からの輸入にたよる市販の使い捨てマスクの需給がひっ迫したこと。

 中国の工場から国内に届いたマスクの在庫も、国内の一部では売り惜しみが起こり、なかなか市場に行きわたらなかった。

 そこで3月、首相周辺は、布マスクを大量に輸入して国民全員に配ればマスクの値段が下がり、市場でマスクの流通が増えるのではないか、と考えた。こうして布マスクの全戸配布が決まった。

 

 しかし、布マスクの全戸配布は世論、そして野党の反発を受けることになった。国民からは、現金給付が先ではないかといった批判が続出した。

 

 4月2日衆院本会議で、立憲民主党議員は「ネットでは、アベノマスクと呼ばれています。まさに思い付きの場当たり的対応のきわみです」と痛烈に批判した。

 

 マスクの配布にも時間がかかった。5月20日衆院内閣委員会では、立憲民主党の議員が「アベノマスク、もう要りませんよ、ぜんぜん。もうマスクは足りていますからという声がたくさん届いております」と述べた。

 

 「4月下旬、ようやくマスク騒ぎは峠を越えた」(内閣官房幹部ヒアリング)なかで、6月まで配布を継続しており、受け取る国民の目線からは、一番必要なタイミングで届いたとは言い難い。

 

 

 最大の問題は、

緊急経済対策や給付金に先立ち、政府の国民への最初の支援が布マスク2枚、といった印象を与えたことだ。政策コミュニケーションとしては問題の多い施策だった。

 

 首相官邸スタッフは「(首相秘書官で構成する)総理室の一部が突っ走った。あれは失敗」と振り返る。(首相官邸スタッフインタビュー)

 

 

 

 

 

PCR検査に消極的な厚生労働省

 

 「新型コロナ」の感染拡大に伴う国民の不安の高まりを背景に、PCR検査に対する国民の関心が高まった。特効薬がなく、ウイルスを検出できる唯一の検査法だからだ。

 しかし、PCR検査の実施件数は当初から少なく、その後も増加ペースは遅かった。その結果、感染者数が増大した大都市部を中心に、検査待ちが多く報告されるようになった。

 また、医師が必要としたにもかかわらず、保健所の判断によりPCR検査が実施されない事例が発生した。(保健所関係者ヒアリング)

 

 安倍首相も5月4日の記者会見で、「私もずっと、医師が判断すればPCR検査を受けられるようにすると申し上げてきましたし、その能力を上げる努力をしてきました。ただ、八千、一万、一万五千と上げても、実際に行われているのは七千、八千レベルでありまして、どこに目詰まりがあるのか」と述べ、実施件数が増えなかったことにいら立ちを隠さなかった。

 

 検査の「目詰まり」の背景には、3つの事情があった。

 1つは保健所の人員不足。保健所は相談、PCR検査の検体輸送、報告を担っているが、感染拡大に伴って業務が増加した。

 第2に、PCR検査の検体採取を担う医療関係者が少なかった。(保健所関係者ヒアリング、首相官邸スタッフインタビュー)

 第3に、報告体制の限界。陽性者数の増加に伴い、医師にとって、発生届を手書きで記入してFAXで送信する業務が負担となり、また保健所にとっても、医師からFAXで受けた発生届の内容を感染症サーベイランスシテム(NESID)に入力する業務が負担となった。

 そのため政府がPCR検査を適時かつ正確に把握することができなかった。

 場合によっては、検査実施日から1週間後に陽性率などの情報が得られたこともあった。(首相官邸スタッフインタビュー、自治体関係者ヒアリング)

 

 

 厚労省検査能力の拡充に向けた努力を続ける一方で、PCR検査の希望者が検査を受けられる仕組みを導入することに警戒感が強く、「広範な検査の実施には問題がある」との説明をひそかに官邸中枢と一部の有力国会議員に行った。

 

 

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厚労省が一部有力政治家に同調を求めるために作った説明用ビラ。

 

 

 タイトルは『(補足)不安解消のために、希望者に広く検査を受けられるようにすべきとの主張について』。▼PCR検査が完ぺきではない以上、希望者が検査を受けられるようになると問題がある▼偽陽性が増えると医療崩壊を招く▼感染しているのに陰性となる率は3割と言われており、検査で陰性とされた陽性者が自由に活動することによって感染が拡大する▼従って、医師や保健所によって必要と認められる者に対して検査を実施することが必要――などと書かれている。

 

 

 

 結局、7月16日新型コロナウイルス感染症対策分科会で、分科会としての「検査体制の基本的な考え・戦略」が示され、政府として症状のあるものと濃厚接触者などへの検査の確保に努める、という立場がようやく明らかにされた。

 

 厚労省は最後まで、自ら検査戦略を整理することができなかったことは感染症危機管理を担う厚労省として重大な問題だったといえよう。

 

 

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記者会見する小林喜光委員長(=政府の規制改革推進会議議長)

 

 

 

難しい決断だった緊急事態宣言

 

 安倍首相は4月7日新型コロナウイルス感染症対策本部で、緊急事態宣言を発出した。

 その際、「海外でみられるような都市封鎖を行うものではなく、公共交通機関など必要な経済社会サービスは可能な限り維持しながら、密閉・密集・密接の3つの密を防ぐことなどによって、感染拡大を防止していく」との点を強調した。

 

 

 

小池さんの「ロックダウン」発言で首相官邸が揺れた

 

 この緊急事態宣言に関する政府部内の検討は、3月23日の小池百合子東京都知事の「ロックダウン」発言に大きな影響を受けた。

 

 知事は3月23日、この直前の3連休中に都内で感染者が増加したことを踏まえて緊急に記者会見し、「今後の事態の推移によりましては、都市の封鎖、いわゆるロックダウンなど強力な措置をとらざるを得ない状況が出てくる可能性があります」などと述べ、当時ヨーロッパやニューヨークで行われていたロックダウンに言及する形で都民に警戒を呼び掛けた。

 

 知事はその2日後の3月25日にも緊急会見し、「感染拡大 重大局面」と記載されたサインボードを取り出して掲げ、感染爆発の重大局面であることを訴えた。

 

 知事の「ロックダウン」発言を受けて、食料品の買い占めや根拠のない情報で動揺が広がっている様子を見た官邸では、緊急事態宣言を出せば国民が一層のパニックに陥るのではないかという懸念が広がった。

 

 特に、緊急事態宣言を欧米と同様のロックダウンと誤解した首都圏の住民が地方に「疎開」を試み、首都圏から地方に新型コロナウイルス感染症が広まることが最も恐れるシナリオだった。

 こうした懸念から「ロックダウン」に関する社会不安を抑えるまで「緊急事態」を発出すべきではないという慎重論が政府部内に広がった。

 

 

 

発出に積極的な西村コロナ担当相

 西村康稔新型コロナ対策担当相はインタビューに次のように答えている。

「ちょうど3月の末で大学も春休みでしたし、東京にいたら何も生活できなくなるから、といって人々が地方に散らばる恐れがありました。それによって感染が地方に広がりかねない。ですから、ロックダウンじゃないんですよ、東京にいても普通の生活ができるんですよ、ただ、自粛なり、店を休んでもらうことはあります、ということをよく理解してもらわなきゃいけない。その結果、緊急事態宣言発出が遅れた部分がある、と私は思っています」。

 

 安倍首相が西村コロナ担当相に対して、「やっぱり早めに出した方がいい雰囲気だよな」と電話で話したのは、3月28、29日ごろ。これに対して西村コロナ担当相は「私も早めに出す方がいいと思っています」などと応じた。(西村担当相インタビュー)

 

 結局、政府部内で最終的に緊急事態宣言の発出への流れが固まったのは、4月4日ごろのことだった。

 

 

 

 

発出に消極的な菅官房長官

  安倍首相は緊急事態宣言の発出に至る経緯について、次のように述懐する。

「一番決断の難しかったのは何といっても緊急事態宣言を出すところだった。ずいぶん論争があった。経済への配慮から結構、慎重論があった。そして小池さんがロックダウンという言葉を使ったため、その誤解を解く必要があった。それを一回払拭しなければならない。あの法律の下では、国民みんなが協力してくれないことには空振りに終わっちゃう。空振りに終わらせないためにも国民の皆さんの気持ちと合わせていかなければならない。そのあたりが難しかった」。(首相インタビュー)

 

 首相の回想に出てくる「経済への配慮」から慎重論を唱えた勢力の中心は、菅義偉官房長官(当時)だった。菅長官はそれを発出した場合、経済、中でも経済弱者の負担が巨大になることを懸念していた。

 「最低賃金引き上げに熱心な長官は、一貫して経済へのダメージを懸念していた」と内閣官房幹部は語っている。(内閣官房幹部インタビュー)

 

 

 

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記者会見場のようす

 

 

 

「3つの密」「3密」という標語が生まれた経緯

 

小池さんのパフォーマンスで広がった!?

 

 「ミッツノミツ」「サンミツ」は今や、 広く国民に浸透しているコロナがらみの標語――

 3月18日首相官邸(災害・危機管理情報)Twitter公式アカウントが「3つの『密』を避けて外出しましょう」と呼びかけ、このころから「密閉・密集・密接」「3密」の表現が使われるようになった。

 3つの密は、

①換気の悪い密閉空間

②多数が集まる密集場所

③間近で会話や発声をする密接場面

 

 

 3密の概念の要素は、2月24日付で政府の専門家会議が公表した「新型コロナウイルス感染症の基本方針の具体化に向けた見解」という「提言」の中に含まれていた。提言は――

・閉鎖空間がリスクファクターであり、換気が重要である

・腕が届く距離であること、長くいること、混雑していること、にリスクがある

・対面で人と人との距離が近い接触(互いに手を伸ばしたら届く距離)が、会話など一定時間以上続き、これが多くの人々との間で交わされる環境に感染拡大リスクがある

・1人の人から多数の人に感染するような事態が様々な場所で続けて起こることを最も懸念している

 

 「専門家会議」は3月9日の会議で、2月25日付で厚労省に設置されたクラスター対策班による分析を踏まえて、集団感染(クラスター)が確認された場に共通のは、以下の3つの条件が同時に重なった場であることを示し、国民に対し、その3つの条件を満たす場所や場面を避けるよう要請した。

・換気の悪い密閉空間

・多くの人が密集

・近距離(互いに手を伸ばしたら届く距離)での会話や発声

 

 ただし、専門家会議は、「3密」という表現自体は使用しておらず、提言においても「密閉」と「密集」は明記されているものの、「密接」という表現は明記されていなかった。

 

 この専門家会議の考え方の説明を受けた首相官邸スタッフの1人が、3つ目は「密接」で良いのではないかと提案したことがきっかけで、「3つの密」というフレーズが固まった。(首相官邸スタッフインタビュー)

 

 そして3月18日、首相官邸の公式ツイッターで、「3つの『密』を避けて外出しましょう」と、国民に対して広く呼び掛けた。

 

 3月25日小池都知事は記者会見で、「NO!3密 3つの密を避けて行動を」というサインボードを掲げ、感染対策として、密閉・密集・密接の回避が重要であることを強調した。

 この小池知事の姿は広くテレビで報道され、「3つの密」「3密」といった表現は、より広く国民に浸透していくことになる。

 

 さらに西村コロナ担当相は、7月7日付ウォール・ストリート・ジャーナルで、「3密(3Cs)」のコンセプトを紹介。

 

 7月18日には、WHOのFacebook Pageに、 「3Cs

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として紹介され、専門家会議が提言した3密の考え方は、日本だけでなく全世界に発表されることになる。