八ヶ岳連峰・硫黄岳の山頂ケルン(2002年11月3日撮影)
目次
八ヶ岳の赤岳から横岳を通って硫黄岳に登る縦走路は、夏にはたくさんの人が歩く人気のルートですね。
11月の初めは雪化粧にはまだ早いと思いがちですが、山に雪が積もった年がありました。その時の山行記録です。
【2002年の雪山登山の記録】
日程: 11月2日~3日
メンバー:単独
ルート:茅野~(バス)~美濃戸口~行者小屋テント場~赤岳~横岳~硫黄岳~赤岳鉱泉~美濃戸口~(バス)~茅野
2002年11月2日
上の地形図(2万5千分の1)の中央やや左が行者小屋テント場。
中央下が赤岳。ここから上(北)に縦走する。
この日の気圧配置は、西高東低の典型的な冬型。八ヶ岳の稜線上は風が強いだろうなあ、なんて想像しながら、暗いうちに横浜の家(当時)を出た。
容量60㍑のザックの重さは22㌔。体力をつけ、雪山の経験を積む訓練のために水を3㍑入れている。変わり者だ。
赤岳から横岳を経て硫黄岳までどの程度余力を残して歩けるかがチェックポイント。
登山基地は、行者小屋のテント場。標高2350㍍の位置。着いた時の気温はマイナス4度。張られているテントは15ぐらい。テント代1000円(当時。今2000円らしい)を行者小屋の小屋番に払った。
午後4時、天気図をとるためにNHKラジオの気象通報を聴き始める。が、隣のテントの住人が、食事の準備のためかコッフェルをぶつける音を立てるため、時々聴取不能に。イヤホーンを取り出した。
2002年11月3日
行者小屋テント場で、午前4時すぎに起床。テントのファスナーを開けて外を見ると、ガスで真っ白。新雪が3センチほどうっすらと積もっていた。
テントをたたむ時、ポールの接合部が凍って外れず、手こずる。日の出とともに赤岳を目指し、文三郎尾根の長い鉄の階段を上り始める。私の前にだれも歩いていない。ほとんどのパーティーや個人は地藏尾根から稜線を目指すのか、それとも下山だろうか。
新雪でアイゼンが効かない!
テント場から出発する時に、12本爪アイゼンを履いた。どうせ稜線に出れば付けるのだから、今から履いておこうと。ところが、文三郎尾根に入ったら雪は深くなったものの、新雪でフカフカなためアイゼンが効かない。鉄の階段でアイゼンの爪を引っかけてひっくり返ったら目も当てられないため、外そうかと思ったが、重いザック降ろしたりまた背負ったりするのは重労働のため、そのまま歩き続けた。(こういうズボラな判断はよろしくないが・・・)
赤岳と中岳の分岐に立つと、途端に風が強くなった。冬山は、風との闘いだ・・・。
赤岳(標高2899㍍)の山頂。 (2002年11月3日午前8時11分撮影)
赤岳の頂上横に建っている赤岳頂上山荘の扉を開けて入ると、中年夫婦が1組、残っていた。聞けば昨夜は20人ほどが宿泊、自分たちはこれからどのルートで下山しようか相談しているとのことだった。
こちらは少し下の稜線上に建つ赤岳天望荘。凍てついていた。
北の硫黄岳(標高2760㍍)に向けて縦走を始めた。
赤岳と横岳(標高2830㍍)との間に、お地蔵さんがある。地藏の頭という地点で、行者小屋から地藏尾根を登ってくると、ここにたどり着く。
この地蔵の頭から先、横岳・硫黄岳方面への縦走路にはトレースがあった。行者小屋からの登山者がほかにいることを確認出来て、ホッとした。
横岳の山頂で分かったこと
午前9時すぎ、横岳付近で、硫黄岳方面から来た単独行の青年とすれ違った。私の前に何人ぐらい稜線を歩いているか、彼に聞いたところ、3パーティー10人とすれ違ったという。
私がその後で、硫黄岳までの稜線で実際にすれ違ったのは3パーティー7人、私を抜いて行った登山者はいなかったことから、この日は総勢20人ぐらいしか縦走しなかったと思われる。
教訓:水筒の口は大きめの品にすること
稜線上の気温はマイナス7度。横岳山頂の標識の前で腰を下ろし、水を飲もうと、
折りたためる水筒「プラティパス」をザックから取り出したところまではよかったが、口のあたりの水が凍っていて水が出てこない。しまったと思いつつ、今度はお湯を入れてあるテルモスをザックから引っ張り出したが、こちらもフタの部分が凍りついていて、開けるのに時間がかかってしまった。生死にかかわる失敗だ。
行動食については、握り飯は冬山では凍ってしまって食えないことは知っていたので、アンパンにして正解だった。
横岳の「カニの横ばい」では転落注意!
横岳の核心部、「カニの横ばい」。左はがけ下。
さて、この縦走路で一番の難所は、この先。横岳の主峰・奥の院(標高2830㍍)の先にあるカニの横ばいと呼ばれているがけっぷちだ。
運が悪いことに、稜線上のこの先の視界は50㍍ぐらいしかない。
横岳・奥の院から硫黄岳方面への下りの取りつきは、ナイフリッジの佐久市野辺山側(右側=東)をしばらく慎重に下り、短い鉄はしごを降りる。
その先に進むと、岩と岩の間に割れ目(すき間)があり、その間をくぐり抜けて茅野側(ナイフリッジの左側=西)に出る。そこはがけっぷちで、わずかなスペースがある。そこが「カニの横ばい」のスタート地点だ。クサリがナイフリッジの付け根の岩肌に取り付けられている。(上の写真)
足もとは切れ落ちているから、アイゼンを引っかけて転んだら、「ハイ、サヨウナラ」だ。カニのように横歩きする人がいるから、「カニの横ばい」だ。わずか10数㍍間だが、クサリをつかんでトラバースし、ナイフリッジの端を反対の野辺山側(右=東側)に乗り越えるとひと安心。
野辺山側にもクサリが設置されているが、1㍍下には狭いが道もあり、恐怖感はない。核心部はこれでお仕舞い。
ピッケルで耐風姿勢
横岳の主峰・奥の院の下の悪場を抜けてホッとしたところで、強風に見舞われた。同時に、先のトレースも消えた。ガスでルートがはっきりしない。ちょっとまずいね、というところ。
硫黄岳山頂までの登り返しは、風が強いことはよく知られていて、自分でも理解していた。が、この時は真っすぐ歩くことはできずに千鳥足になってしまった。体の支えが欲しく、ピッケルを雪面に打ち込み、何度か耐風姿勢を取った。今回の山行でピッケルが役に立ったのは、この時だけだった。
幸い、夏の間に何度か歩いているルートだったから、ルートは脳裏に浮かんでくるし、慌てなかった。
進行方向の左端(茅野側)は崖になっているが、夏道との境に張ってある緑色のロープや、金属の杭、そしてところどころにある大きなケルンがルートの目印になった。
目を凝らしてゆっくり歩いているうちに、見慣れた山頂の大きなケルンが目に入り、ホッとした。
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(注)横岳の主峰・奥の院の標高が最近、1㍍高くなりました。国土地理院(国土交通省)が2019年1月24日付で、標高を従来の2829㍍から2830㍍に改めています。現地で測定した結果を踏まえて改定したそうです。