カモシカと登山道でバッタリ出会いました。(2002年3月24日撮影)
目次
夜行列車で登山に出掛け、下車した駅のコンコースで夜が明けるまで野宿。
始発のバスで山に向かった20年前――。
そんな時代の山行メモが残っていたのでアップしました。
【メモ】
日程:2002年3月23日~24日
メンバー:社会人山岳会の先輩と2人
ルート:JR茅野駅~(バス)~渋の湯~東天狗岳~本沢温泉テント場~硫黄岳~赤岳鉱泉~美濃戸口~(バス)~JR茅野駅
JR茅野駅でステーションビバーク
【2002年3月23日】
深夜の午前零時29分、JR八王子駅から「急行アルプス」号・信濃大町行きに乗り込んだ。
八王子から乗った登山者は我々2人だけ。スキーの板を持った男性を1人見かけた。車内は空席が多い。
午前3時01分、茅野で下車。既に駅のコンコースにはシュラフ(寝袋)が3つ転がっていた。そこに我々と、新宿から乗ったとみられる単独登山の男性の計3人がステーションビバークに加わった。
(※「急行アルプス」号は、午後11時50分新宿発の夜行列車で、信州の山に首都圏から向かう登山者やスキーを想定して編成した山行き列車。ところがマイカー利用者が増えたために、JRはこの年の暮れのダイヤ改正で廃止してしまった。)
午前7時30分、東天狗岳の登山口「渋の湯」でバスを下車。気温2度。通年営業の山小屋「黒百合ヒュッテ」(標高2400㍍)前では、数人が下山の準備中。我々は東天狗岳(標高2640㍍)をまず目指す。中山峠には向かわないで、小屋の前の急斜面を上り、スリバチ池のふちを回り込んで山頂に向かうルートをとった。
午前11時すぎに東天狗岳の山頂。
歩いてきたルートを目で追うが、登ってくる者はいない。前を見ると、白い雪の上に“赤い点”が1つ、ゆっくりと根石岳(標高2603㍍)を下って、こちらに向かっていた。
ヒューッと通り過ぎる風以外に、何も聞こえない。こんな静かな空間で、我々2人以外の“生きもの”を確認できた途端、不思議にうれしくなった。
それにしても赤色や黄色、青色のジャケットは雪山で遠くからでもよく見える。遭難時の空からの捜索でも、信号機の色のジャケットは都合がいい、とつくづく思う。
前から来た赤いジャケットの男性に声をかけると、
「体を風に向かって斜めにしないと、歩けないよ」
とぼやきながら通り過ぎた。
エビの尻尾(しっぽ)
(参考)富士山でみた「エビの尻尾」。(2009年11月3日撮影)
東天狗岳から根石岳に向けて、強風の中を歩いている時、先輩が登山道わきの杭やロープにできたエビの尻尾のような形に成長した樹氷を見て、私のこう声をかけた。
「これ、どっちから風が吹いているか分かる? エビの尻尾の先の方からか、反対の方からか・・・」。冬山経験が浅いころだったから、即答できなかった。
あとで調べると、エビの尻尾というのは、風が強い冬の稜線でよく見られる樹氷の一種で、風上に向かって伸びていく氷のこと。尻尾の先の方から風が吹いてきていることが分かる。
エビの尻尾のもとになるのは、「0℃になっても凍っていない霧や雲のような水分」。氷点下になっても凍っていない水分が、稜線の冷え切った樹木や鉄棒、木の杭、ロープ、標識なんかにぶつかると、その衝撃で凍結し、風上に向かってエビの尻尾のようになっていく、というのだ。風が強ければ強いほど長い尻尾になる。
水は0℃になると必ず凍るわけではないようだ。
本沢温泉への下山ルート選びは慎重に!
風の通り道になっている東天狗岳と根石岳のコルで、しばし立ち止まり、本沢温泉への下山ルートをのぞき込んだ。
急な斜面の下りになっていて、なおかつ、トレースもない。雪庇(せっぴ)も張り出している。「白砂新道」という夏道があるのだが、冬は使う人がいないようだ。こんなところを強引にラッセルして下って行ったら迷って遭難するかも、と思ってパス。遠回りだが、夏沢峠経由で本沢温泉に向かった。
本沢温泉は、硫黄岳の中腹にわく温泉。山行中に温泉に入れるなんて、ぜいたくだ。入浴代とテント場使用料を払って、早めに湯につかり、日本酒、にごり酒、ビールをガバガバ飲んで寝た。
逃げないカモシカ
【2002年3月24日】
午前7時30分にテントをたたんで出発。気温マイナス5度。
硫黄岳への登りは、30歩進んで立ち止まってハアハア。また30歩進んでハアハア。体力がない。惨め・・・。
硫黄岳山頂。午前9時44分撮影。
山頂には30ほどの人間あり。ほとんどが赤岳鉱泉から登ってきたようだ。我々はこれから赤岳鉱泉方面に下りる。
硫黄岳から下山を始めて赤岳鉱泉(標高2220㍍)を過ぎ、美濃戸口方面に進んだ標高2000メートル地点でのことだ。
前を歩いていた先輩が何か、尋常ではない気配を察したらしく、突然立ち止まって振り向いた。次の瞬間、「アッ、カモシカ!」。
びっくりした私はピタッと止まるなり、後ろをみると、視界に動く黒っぽいものが入った。「アッ・・・」。
午前11時48分、カモシカとツーショット。
カモシカは我々の後ろの登山道を横切ったようだ。少し高い位置で立ち止まって、こちらをジーッと見つめている。「横に行って!」という先輩の声で撮ったのが、上の写真。
カモシカは一向に立ち去ろうとしない。こちらが怖くなって、その場を去った。今にして思えば、写真をバチバチ撮っておけばよかったのにと思う。
これも帰宅後、調べると、カモシカはおとなしく、人を襲わない動物。群れをつくらないで単独で生活するために、登山者が出会うことはまれな、特別天然記念物に指定されている動物だった。
険しい岩山に生息して草を食べているというから、八ヶ岳では大同心稜の岩場から出てきたのかもしれない。カモシカは、名前に「シカ」が付いているものの、角が枝分かれしている「シカ」の仲間ではなく、「ウシ科」に属する生き物だとか。そういえば、出会ったカモシカには、「牛」のような角が10センチほどあった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【その他の八ヶ岳登山】(山行記録メモは紛失)
以下は完全な個人的な備忘録です。
★2001年11月23日~24日
美濃戸口~硫黄岳山荘泊~東天狗岳~渋の湯
★2001年10月6日~7日
美濃戸口~硫黄岳~硫黄岳山荘泊~赤岳~権現岳~編笠山~JR小淵沢
権現岳の61段の長いはしご。
★2001年5月4日~5日
渋の湯~黒百合ヒュッテ泊~東天狗岳~硫黄岳~美濃戸口
★2001年3月10日~11日
美濃戸口~赤岳鉱泉泊~硫黄岳~美濃戸口
★2000年10月7日~8日
渋の湯~東天狗岳~根石山荘泊~硫黄岳~赤岳~阿弥陀岳~行者小屋~美濃戸口
硫黄岳の爆裂火口のふち。
★2000年5月4日~5日
渋の湯~黒百合ヒュッテ泊~東天狗岳~硫黄岳~美濃戸口
硫黄岳山頂。
★2000年3月25日~26日
渋の湯~黒百合ヒュッテ泊~東天狗岳~渋の湯
★2000年3月11日~12日
★1999年10月9日~11日
美濃戸口~赤岳鉱泉泊~硫黄岳~赤岳頂上小屋泊~赤岳~阿弥陀岳~美濃戸口
★1998年10月3日~4日
美濃戸口~赤岳鉱泉~赤岳天望荘泊~赤岳~横岳~硫黄岳~赤岳鉱泉~美濃戸口