大黒屋のヒノキ風呂。
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秘湯(ひとう)――そう呼ばれる交通の便の悪い山奥にある温泉宿は、数多くあります。が、山道を2時間以上も歩かないと着くことができないような宿に行く人はいるんでしょうか。
いやいや、いるんです。物好きな登山者は多いんです。私もその1人です。
2021年9月16日(木曜日)に一泊して、ゆったり湯につかってきました。
その秘湯は、三斗小屋温泉(さんとごやおんせん)です。
那須連山・朝日岳(標高1896㍍)の西側の山腹、標高1460㍍の樹林帯に温泉宿はあります。栃木県那須塩原市の飛び地です。
この温泉宿にいくには、歩いていくしかありません。それも2時間ぐらい。
安上がりな最短ルートは、県営「峠の茶屋」駐車場の横から「峰の茶屋跡」を経るコース。ほかに那須ロープウェイを利用するルート、沼ッ原湿原の駐車場から行くルートなどあります。
宿は2軒、隣り合わせにあります。
野天風呂が人気の煙草屋旅館と、1人旅でも相部屋に押し込まれることなく「個室」に泊まれる大黒屋で、
私は「大黒屋」を選びました。
上の写真の左端が大黒屋の「別館」です。(右の建物は、煙草屋旅館)
同じ位置で左下を見ると、大黒屋の「本館」が建っています。
大黒屋「別館」の前を左に折れると、一段下が「本館」です。
これが大黒屋の「本館」。
「本館」から延びている渡り廊下の先にあるのが「新館」です。
大きな宿なんですね。
午後2時すぎ、びしょ濡れで到着しました。若いご主人が出迎えてくれ、カッパやぬれた手袋、帽子、登山靴などをいれるタライを用意してくれました。乾燥室に持ち込むためです。
ありがたいことに、今夜の客は、天候が悪いせいか、私を含めて男性3人だけだということです。
宿泊料は、1泊2食付きで1万円(税込み)。これに入湯税が200円加わります。
150年前の木造の建物
大黒屋は、もともと3キロほど西の三斗小屋宿にありました。
この三斗小屋宿は、幕末の慶応4年(1868年=途中から明治元年)に
「戊辰(ぼしん)戦争」が起き、旧幕府軍と新政府軍の戦場になったのです。
当時、「旧幕府軍」として会津藩士が三斗小屋宿に駐屯していたのですが、攻め込んできた薩摩藩と長州藩を中心とする「新政府軍」が三斗小屋宿の大黒屋を含む14戸すべてを焼き討ちにしたのです。
大黒屋は翌年の1869年(明治2年)に現在地に移転して、再建したということです。
私が泊めてもらった「本館」は、150年以上も前に再建されたわけですが、柱や梁は当時のままです。
お風呂
肝心のお風呂の話です。浴室は2ヶ所にあります。
広いヒノキ風呂と狭い岩風呂。
ヒノキ風呂は、床も天井も木です。2面は大きなガラス窓で、外の木々が見えます。
ヒノキ風呂の湯ぶねは、2槽(そう)に分かれ、源泉がパイプで流れ込む方は熱くてパス。手前の42度か43度の湯船につかりました。
脱衣室に掲げられていた明治時代の筆書きの温泉効能。
ドイツの医師・ベルツが明治22年に書いたようです。ベルツは当時、現在の東大医学部に教員として招かれており、草津温泉を世界に紹介した人でもあるそうです。
こちらは岩風呂。湯ぶねには2人ぐらいが精いっぱいでしょうか。
ヒノキ風呂も岩風呂も、湯をすくって体にかけるおけがそれぞれ5個と2個ずつ置いてあるだけで、洗い場はなく、石けんもシャンプーも使えません。
入浴時間は午後2時から午後9時までと、朝風呂が午前6時から8時まで。1時間ごとに男女入れ替えですが、この日はたまたま、客が私とアユ釣りの男性客2人連れだけでしたので、いつどちらに入っても大丈夫。
私は午後9時までに3回、朝も1回入りました。
岩風呂には、ちょっとだけ入りましたが、ぬるめでしたのですぐに飛び出し、ヒノキ風呂に移った次第です。
源泉がヒノキ風呂とは違うそうです。
部屋
1人旅でも相部屋ではなく、個室を用意してもらえるというのも魅力です。
案内された部屋は「本館」。黒光りする急な階段を上った2階の4畳半の角部屋でした。
「15番」という木の札が掛かっています。
小さなちゃぶ台の上に、ポットとお茶っ葉の入った急須、湯飲みが置かれていました。
隣の部屋とは襖(ふすま)で仕切られて、廊下との仕切りも襖。カギはかかりません。テレビも冷蔵庫も網戸もありません。
電球が1つ、ぶら下がっています。
でも、実質的に❝山小屋だ❞と思えば、ここはぜいたく過ぎます。
シーツには折り目が付いており、枕カバーも洗濯されたものに取り換えられていて、きれいでした。
食事
食事はお膳に載せて部屋出しで提供してくれました。
この日は若いご主人1人が勤務で、ご主人が調理したうえ運んでくれました。
食べた後はお膳ごと廊下に出しておけば、回収に来てくれます。
夜はランプ
大黒屋は、自家発電しています。
午後9時の消灯時刻になりますと、部屋の明かりは消え、廊下で台付きのランプがともりました。
トイレの前には、吊り下げられているランプがオレンジ色の温かい光を放っていました。
泊まり客は山小屋と同様、ヘッドランプでトイレに向かいます。
電話と飲み水
携帯電話は、電波の中継局が近くにないために通じません。宿には上空の通信衛星を経由する公衆衛星電話が備えられていました。
飲み水は、本館の玄関先の湧き水を使っていました。
朝ごはん
朝食は午前6時半でした。でも30分ほど前には、部屋の入り口の廊下に、お茶のセットが置かれていました。
気配りですね。
朝食です。海苔の包装紙には「おはよう ございます」とう言葉も。
これも細かな気配りですね。
ふだんご飯は茶碗に1杯しか食べない私ですが、夕食も昼食もお替りしてしまい、おひつが空っぽになりました。
ヘリポート
大黒屋の「新館」の少し上方に、テント場がありました。ヘリポートにも使えるようです。
★「三斗小屋温泉誌 復刻版」(三斗小屋温泉誌観光委員会編)2019年11月
ほかの資料を参照しました。