保存されるという4列146本のイチョウ並木
赤枠が再開発されるエリア(東京都の報道発表資料から引用)
明治神宮外苑(=略して「神宮外苑」)を再開発する計画があります。
樹齢100年近い木も切るらしいと聞いて、とんでもない計画だと不快感を覚える方もいます。就職先として人気のある伊藤忠商事もこの事業にかかわっていると知って、自然破壊に加担するのかとガッカリする人もいます。
誤解している人も多いんですね。社殿のある明治神宮内苑の森の樹木のことではありません。神宮外苑の「4列のイチョウ並木」も伐採の対象ではありません。
そうと知ったうえで、東京都知事選後の7月10日に遅まきながら現場に立ってみました。私の感想は「それにしてもこんなところに超高層ビルが3棟も建つの?」。
事業者や都から、再開発の意義がもっともらしく説明されていますが、きれいごとばかり。
公表資料から事実関係を少しだけ掘り下げてみました。
目次
- 再開発計画の中身
- 背景に明治神宮の事情
- 神宮球場は明治神宮にとってドル箱
- 3棟の超高層ビルが必要なわけ
- 「空中権の移転」がカネを産むという不思議
- 批判の柱は「樹木」の伐採だが・・・
- 伊藤忠商事が怒りの声明
- 三井不動産も声明
- (まとめ)東京都は説得力ある説明を!
- 【参考資料】
再開発計画の中身
上の図と次の図は都が発表した報道用資料。施設がどう配置されるか、イメージを描いたものです。
神宮外苑地区の再開発事業については、2023年2月に小池百合子都知事が事業の施工を「認可」。翌3月、神宮球場の北隣にある「神宮第二球場」の解体が始まりました。
だがしかし、です。都はその半年後、「神宮第二球場」をつぶした跡地に造る「新秩父宮ラグビー場」内の樹木をどう保全するのか、事業者に報告を求めたのですが、報告が1年近くたってもなく、工事は中断しているんですね。
神宮外苑の再開発事業を行うのは、▼三井不動産▼明治神宮▼独立行政法人日本スポーツ振興センター▼伊藤忠商事――の4者です。この4者が共同事業体を組んで実施します。
★計画の目玉の1つは、神宮球場と秩父宮ラグビー場の土地を交換して位置を入れ替えること
壊される神宮球場
壊される秩父宮ラグビー場
「新神宮球場」はいまの秩父宮ラグビー場のある場所に建てられ、「新秩父宮ラグビー場」は「神宮第二球場」のある場所に建てられます。
★肝心なのは建て替えの順番
(事業者のHPから引用)
最初の工事は「神宮第二球場」の解体。これが終われば上の図のように、跡地に「新秩父宮ラグビー場」を建設します。
次に、現在の秩父宮ラグビー場が壊され、そこに「新神宮球場」が建ちます。新しい球場ができた後に、現在の神宮球場を壊して跡地を広場にする計画です。
★新球場の客席上部には「ホテル」を併設
観客席の上部にはホテルまでできるんですねえ。
こうした手順を踏むことによって、ヤクルトスワローズや東京六大学野球、高校野球東京大会などのゲームが中断することなくできて、明治神宮は球場使用料などを得るわけです。
★計画の2つ目の目玉は3棟の超高層ビル建設
建設される3棟のビルの高さは、それぞれ、80メートル、185メートル、190メートルと超高層です。
この再開発のための総事業費は約3490億円、施設の完成は2035年度と発表されています。
背景に明治神宮の事情
神宮外苑再開発計画の裏に、いったい何があったんでしょう。
まず押さえておくべきことは、神宮外苑の土地の大部分を「明治神宮」が所有しているということです。
神宮外苑にある「神宮球場」、正式には「明治神宮野球場」といいますが、所有者は宗教法人明治神宮なんですね。
大正時代の1926年にできた施設です。築100年近くになって、老朽化が進んでいます。
でも、明治神宮には建て替えるための資金がないというんですね。
神宮球場は明治神宮にとってドル箱
神宮球場はプロ野球ヤクルトスワローズの本拠地で、高校野球や大学野球でもよく使われます。
神宮球場の使用料は、結婚式場の「明治記念館」とともに、明治神宮にとって最大の収益源だというのです。
社殿や広大な森が広がる明治神宮「内苑」の緑は、内縁のおさい銭やご祈祷料だけでは維持できず、「内苑」の維持管理費の多くを、「外苑」の施設利用による収益で賄っているそうです。ですから収入源として神宮球場を建て替える必要がある、というわけです。
国や都から助成してもらえばいいじゃないか、という声もありますが、憲法は信教の自由を保障しており「国家」と「宗教」を切り離す「政教分離」を厳格に求めています。宗教法人の明治神宮に、国や都は資金援助できないんです。
明治神宮のドル箱である神宮球場の建て替え費用をひねり出すために、デベロッパーの三井不動産と、隣接地の伊藤忠商事という民間企業を取り込んで再開発をするようです。
3棟の超高層ビルが必要なわけ
NHKの番組「首都圏情報ネタドリ!」(2024年4月5日放送)
興味深い番組でした。NHKの番組取材班が非公開の再開発事業計画書を入手し、事業者代表の三井不動産の取締役にインタビューしました。
総事業費は約3490億円ですが、入手した資料には、事業費に充てる「自己資金の欄」は毎年「ゼロ」だというんです。
番組は再開発事業の枠組みを次のように説明しました。
「カギを握るのは新たに建てられる3棟の高層ビル。これによって生まれたフロアを活用。得られた収益などで神宮球場を含む一帯の再開発にかかる事業費を補てんします。」
「さらに、高層ビルの建設は、土地を所有する明治神宮に安定的な借地料をもたらすメリットもあります。」
「空中権の移転」がカネを産むという不思議
「東京新聞」連載「解かれた封印」⑤から引用
神宮外苑に超高層ビルを建てることができるようになったのは、2020年夏の東京五輪開催が決まった2013年以降でした。
東京五輪に向けて国立競技場の建て替えが決まると、東京都は神宮外苑地区一帯の再開発に向けて、それまでは高さ15メートルを超える建物を認めていなかった規制を緩和し、建築物の容積率のかさ上げをしました。
容積率(%)というのは、敷地面積に対する延べ床面積の割合で、場所によって異なります。容積率が高いほど建物を高くできる仕組みです。
神宮外苑の再開発をめぐっては、都市計画で定められた建物の容積率のうち、「未利用の容積率」を他の土地に移転する権利、いわゆる「空中権」の移転が行われ、超高層ビルができるようになりました。
具体的には、「新神宮球場」と「新秩父宮ラグビー場」の容積を低く抑え、余った容積率を「三井不動産」と「伊藤忠商事」が買い取って超高層ビルにし、地主の「明治神宮」の側は受け取ったお金を神宮球場の建て替え費用に充てるわけです。
建設される主な建物と土地の所有者は、事業計画によると次のようになります。
★新神宮球場のホテル部分(高さ約60メートル、地上14階);土地=明治神宮、ホテル部分=三井不動産
★新秩父宮ラグビー場(高さ約55メートル、地上7階):土地・建物とも日本スポーツ振興センターの所有
★事務所棟(高さ約190メートル、地上38階);土地・建物とも伊藤忠商事の所有
★複合棟A(高さ約185メートル、地上40階);土地=明治神宮、建物=三井不動産
★複合棟B(高さ約80メートル、地上18階);土地=明治神宮、建物=三井不動産
三井不動産は新たにできる超高層ビルのフロアを貸したりホテルを経営して収入を得ます。
伊藤忠商事はいまの「地上22階建て」が「38階建て」になり、フロアが倍近くになりますね。
批判の柱は「樹木」の伐採だが・・・
★樹木743本を伐採
再開発の工事に伴って、いまある「3メートル以上」の樹木1904本のうち、743本が切り倒されます。
事業者は、新たに樹木837本を植えるので結果として樹木は94本増えますよ、という説明をしています。
伐採樹木の配置図(事業者のHP「神宮外苑地区まちづくりQ&A」から引用)
伐採される樹木が多いのは、絵画館前の軟式野球場周辺と神宮第二球場周辺でしょうか。
事業者の計画ですと、伐採樹木743本の内訳は以下の通り。
▼建国記念文庫の森周辺41本▼第二球場周辺54本▼神宮球場周辺98本▼秩父宮ラグビー場周辺50本▼絵画館前(軟式野球場)187本▼イチョウ並木周辺など7本(イチョウ以外の樹木)▼テニスコート周辺157本▼伊藤忠商事東京本社ビル149本
軟式野球場の打撃練習場裏の樹木
「4列のイチョウ並木」の途中から秩父宮ラグビー場「東門」に通じる港区道のイチョウ18本は、移植を検討中とのこと。
どう転ぶか分かりません。時期や期間も未定とされています。
★保存される「4列のイチョウ並木」
こんな看板も・・・・・
★4列のイチョウ並木への影響は?
「4列のイチョウ並木」は表向き安泰ですが、外側のイチョウの列まで「8メートル」という位置に、新神宮球場の「壁」が迫るんです。根っこに悪影響が出て、枯れてしまわないだろうか、という心配があります。
★疑念を抱く人の意識の根底に超高層ビルへの反感
地上40階建ての超高層ビルが建つ計画の「秩父宮ラグビー場」正面入り口付近。写真右は「伊藤忠商事東京本社ビル」。道路を隔てた西側に都立青山高校・・・
神宮球場の建て替えに理解を示しても、超高層ビル建設はちょっと・・・という方が少なからず、いるんでしょうね。
伊藤忠商事が怒りの声明
よほど腹に据えかねたのでしょうかね。伊藤忠商事が2024年7月3日、「神宮外苑開発について」と題して、ホームページで再開発事業に参加する意義の説明をしたのです。
伊藤忠によると、6月21日で大阪で開いた株主総会での質疑応答の際に、「環境活動家の方が、議長からの論点整理等のお願いにもかかわらず、長々と持論を展開されるという事態」が起こったことから、会社の信用にもかかわるまずい動きが広がっていると見たんでしょうか。
声明では、「『再開発』という言葉から、当プロジェクトが一体の樹木や自然環境をむやみに破壊してしまうかのような誤解が生じているのではないかと懸念しております」と表明し、「われわれの計画はいまの、そしてこれからの『みどりを守る』プロジェクト」だと主張しています。
次いで、伊藤忠商事がこの事業に加わった経緯に言及し、次のように書いています。
「築43年を経過し老朽化が始まりつつある東京本社ビルの建て替えを検討するにあたり、すでに計画検討が始まっていた神宮外苑の緑を守るための施設建て替え計画において、各社の建設費ねん出や事業継続性が課題であったことから、当社も含めた地域一体開発という手法で解決していこう、と声を掛けていただいたことに始まります。」
「この手法は、地域全体で新たに建設可能となる総床面積を、土地所有者の計画ごとに按分し、その権利に応じた資金をコンソーシアム(共同事業体)に拠出するというものです。当社が単独で建て替えをする場合は、現法令の様々な規制のため現本社ビルよりも低いビルしか建設できないところを、一体開発に参画することでより大きなビルを建設することが可能となり、東京本社ビル敷地の資産価値が増加します。そして当社がコンソーシアムに拠出する資金もまた、神宮外苑の施設建て替えや更新に活用され、そこからまた利益が生み出され、将来にわたり神宮外苑の緑を守り続けるためへと循環していくのです。」
「都内でも稀有な素晴らしい神宮外苑の環境が破壊されることは、皆様と同じく認めがたいことであり、まったく望んではおりません。」(以下略)
――このように書いて、理解を求めています。
三井不動産も声明
伊藤忠商事に続いて、デベロッパーの三井不動産も7月5日、「神宮外苑地区まちづくりの取り組みについて」と題して声明を出しました。こう書いています。
「明治神宮は、外苑にある神宮球場の収益を中心に内苑、外苑の環境維持に充ててこられました。宗教法人であるため、公的資金の受け入れには厳しい制約があり、明治神宮単独の財源で神宮球場の建て替えなどを行っていくことには限界があることから、明治神宮が所有する土地の一部を当社が借地します。当社はオフィスビルやホテルなどの高層建物を含む複合的な開発を行うことで収益を得る計画であり、これを原資に明治神宮への借地料を支払います。」
「借地料の一部は前払いし、神宮球場の建て替え資金の一部に充当され、期間中の借地料は内苑の森、外苑の緑を守るための維持費などに充当される計画となっています。」(以下略)
このように書かれています。
(まとめ)東京都は説得力ある説明を!
東京都が神宮外苑地区の整備計画を策定したのは、2013年(平成25年)6月でした。
その後、2度、3度と整備計画を変更。2022年4月の変更では、高さの最高限度が190メートルと185メートルの超高層ビルの建設ができるようにして告示しました。
結果として、大多数の人が何が何だか分からないうちに超高層ビルが建つようになっているんですね。
所管の東京都都市整備局は「都のHPに開発の経緯や概要を公表している」「パブリックコメントを実施し、広く都民の意見を聞いている」「都民の意見を聞く機会も開いている」などと手順に落ち度がないと言い張るんですね。でも、内容が伴っているんでしょうかね。
都が「規制緩和」を徐々に進めてきた背景に何があったのか、特に政治的な圧力はどうだったのか。きれいごとを役人から何度聞いても無意味。再開発批判の声はこの先、いつまでたっても収まらないでしょう。
【参考資料】
①事業者のホームページ「神宮外苑まちづくり」
②東京都都市整備局ホームページ
③都市整備局の報道発表資料(2023年2月16日)
④NHK首都圏ナビ「神宮外苑再開発 なぜ高層ビルが?」(2024年4月5日放送)
⑤NHKラジオ「神宮外苑再開発~事業者への単独インタビューで見えてきたこと~」(2024年4月16日放送)
⑥東京新聞連載⑤「解かれた封印~外苑再開発の真相」(2024年2月3日Web公開)
ほか