北穂高岳で味わう至福のひと時

標高3000㍍の北アルプスや富士山登山、新聞記者としての首相外遊同行、大切な奥様との旅行、反戦への思いを備忘録として載せています。

蒲田最後の映画館「テアトル蒲田」の跡

 東京・蒲田に最後まで残った映画館の内部。

 

 太平洋戦争が終わって世の中が落ち着いたころ、「20軒以上」も映画館があった映画の街・蒲田。それなのにインターネットの動画配信サービスの普及で急速に映画館離れが進行。東京都大田区のJR蒲田駅近くで最後まで残っていた映画館『テアトル蒲田』2019年9月に閉館し、蒲田には映画館がゼロになりました。

 

 それでも、その後も5階建てのビルは残り、映画館はロケ撮影イベントで活用中です。

 先日、映画館の内部をみる機会があり、写真撮影も許可されたのでブログに記録しました。

 

 

 

 

商店街の出資で開館した映画館

 戦後間もない1953年(昭和28年)当時の蒲田駅西口のようす(大田区のホームページから引用)

 

 

 『テアトル蒲田』開館したのは、戦争が終わってから5年後の1950年(昭和25年)でした。

 戦時中の空襲で蒲田地区は建物の90%が焼け、駅西口の焼け跡にはバラック建ての飲食店や小売店が建ち並んでいたようです。

 その商店街のおよそ150軒が地域の繁栄策として資金を出し合って映画会社「蒲田西口連合映画株式会社」を立ち上げ、『テアトル蒲田』を開館したようです。

 周辺の区画整理もほぼ終わった1964年(昭和39年)6月新築の5階建ての「東京蒲田文化会館」に移り、4階と5階部分を映画館としました。

 

 

閉館後はロケ撮影の場所に

 商店街にある、いまの『テアトル蒲田』の外観。

 

 『テアトル蒲田』は、JR蒲田駅西口から歩いて数分の距離のアーケード街にありました。映画離れと建物の老朽化が進んだこともあって2019年9月に閉館し、69年の歴史に幕を閉じました。

 

 4階の入り口。

 

 閉館したものの、レトロな「昭和」の雰囲気を醸し出す空間は捨てがたく、閉館後もテレビドラマやCMのロケ地として、映画館の客席や建物の屋上での動画の撮影やスチール写真の撮影を認め、施設利用・撮影料をもらってきたようです。

 

 イスは赤色。1階は248席。

 

 ステージ。

 

 2階席もあり、その座席数は56。

 

 こちらは映写室。

 

 映写室の窓からのながめ。

 

 なつかしい映画フィルム。

 

 壁には、こんな色紙も。

 

 屋上に向かいます。

 

 広い屋上。

 

 眼下には東急蒲田駅

 

 東急池上線の電車。

 

 「東急プラザ蒲田」の屋上にある都内唯一の観覧車もみえました。

 

 街並み。

 

 5階建てのビルには、いまもテナントが入居しています。

 

 ただ、1階の「ツルハドラッグ蒲田店」入り口には、「閉店のお知らせ」と書かれたビラがたくさんぶら下がっていました。来月2月末日に「テナントの事情」によって閉じるとのこと。

 


 4階と5階部分にある『テアトル蒲田』についても、近々、ロケ地としての場所の提供をやめることが検討されているという話も聞きます。