北穂高岳で味わう至福のひと時

標高3000㍍の北アルプスや富士山登山、新聞記者としての首相外遊同行、大切な奥様との旅行、反戦への思いを備忘録として載せています。

九州の長崎・佐賀の旅③長崎原爆投下の記憶・・・原爆資料館・浦上天主堂・原爆落下中心地

 2026年5月18日午後、JR長崎駅に観光列車「ふたつ星4047」で着きました。

 早速、駅前から路面電車に乗って平和公園へ。

 

 回った順番は、「平和の泉」➡「平和祈念像」➡「浦上天主堂」➡「原子爆弾落下中心地像」➡「長崎原爆資料館」でした。

 

原爆投下はトルーマン米大統領の決断

 アジア・太平洋戦争末期の1945年8月9日午前11時2分、アメリカの「B29爆撃機」が投下した原子爆が、長崎市内の地上約500メートルで炸裂しました。

 強烈な爆風で長崎の街の建物がほとんど破壊されました。

 爆発と同時に高温の火の玉が発生して四方八方に熱線が放射されたために、燃える建物は燃え尽き、当時の長崎市の人口の3分の1にあたる7万4000人の命が奪われました。

 原爆が爆発した瞬間に放出されたガンマ線や中性子線などの放射線は人の体の細胞を破壊し、放射線被ばくした多くの人を白血病で苦しめました。

 

 

平和の泉

 水を求めてさまよった少女の手記が石碑に刻まれていました。・・・・・内容が強烈です。

 

 

平和祈念像

 高さ約10メートルの青銅の像。

 毎年8月9日に行われる平和祈念式典は、この像の前なんですね。

 

 

浦上天主堂

 再建された「浦上天主堂」。

 

 浦上天主堂は、爆心地から500メートルほど離れたところにあります。

 被爆前の浦上天主堂は2基の塔があり、赤レンガ造りの鐘楼しょうろう)の上に鉄筋コンクリート造りの八角形のドームを載せていました。(上の写真)

 

 しかし、原爆の炸裂で建物が破壊され、2つの鐘楼ドームのうちの1つが崖下を流れる小川まで転落しました。

 
 浦上天主堂はその後、再建されましたが、川に滑落した鐘楼は当時のままの状態で残っています。重さは推定で50トンだそうです。

 

 

「原子爆弾落下中心地碑」

 この地の上空500メートルで、投下された原爆がさく裂しました。

 黒御影石(くろみかげいし)で造られた


 ここで修学旅行中の大阪の中学生一行に会いました。千羽鶴を用意し、平和祈念像を見てからここに来たとのこと。このあと長崎原爆資料館に向かいました。佐世保市のハウステンボスなどにたち寄ってから帰るようです。

 

 「原子爆弾落下中心地碑」の隣に建っている構造物。これは、破壊された浦上天主堂の壁の一部でした。

 

 破壊された浦上天主堂の写真。新しい天主堂を建設するときに、ここに移築されたようです。

 写真を見ると、移築されたの場所もわかります。(上の写真は、解説板を撮影)

 

 

長崎原爆資料館

「平和」を学ぶ場。高校生以下は無料でした。

 永遠の11時2分。

 爆心地から800メートル離れた民家にあった柱時計だそうです。

 

 高熱で溶けた6本のビン。

 これは爆心地から400メートルの位置の商店跡にあったようです。

 

 

核兵器はいま9カ国が保有!

 核兵器というのは、「核弾頭」という核爆弾そのものを、目的地まで運ぶための「ミサイル」の頭の部分に載せた兵器のことです。

 

 「核兵器」「核弾頭」を持っている国はどこでしょう。

 長崎大学がまとめたデータ(2025年6月現在)を見ますと、核兵器保有国はロシア、アメリカ、中国、フランス、イギリス、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮の9カ国。

 

 いま使うことができる「核弾頭」の数は、世界全体で9615発

内訳は――。

▼ロシア:4310▼アメリカ:3700▼中国:600▼フランス:290▼イギリス:225▼インド:180▼パキスタン:170▼イスラエル:90▼北朝鮮:50

 

 わが日本政府は、唯一の被爆国として「核兵器のない世界」を理想の姿としながらも、北朝鮮など現実の国際情勢を考えると、核保有国のアメリカの【核の傘】【核抑止力】に頼らざるを得ないという立場なんですね。