北穂高岳で味わう至福のひと時

標高3000㍍の雪山登山、海外出張で垣間見た街の風景や反戦・平和への思いなどを写真でつづるおじさんの記録です。

戦争と平和~アフガニスタンで医療支援した「国境なき医師団」看護師の白川優子さんの話

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目次

 

 

 

 

 国境なき医師団の日本人看護師・白川優子さんが、最近まで医療面で支援をしていたアフガニスタンの病院事情について、2021年10月21日、東京都千代田区の日本記者クラブで講演しました。

 

 武装勢力タリバンが実権を握って以降、国際社会がアフガニスタンへの資金援助を止めたあおりで、国内の多くの病院のスタッフに給料が支払われなくなって病院の閉鎖が相次ぎ、ごく少数の特定の病院に患者が殺到しているというのです。

 

 白川さんの話は胸に響くものがありました。概要を紹介します。

 

※画像は「国境なき医師団」が現地で撮影したものです。

 

 

 

白川優子さんの横顔

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 講演する白川さん。

 

 

(メモ)

 白川さんは1973年生まれ。埼玉県の商業高校を卒業してから看護専門学校に入り、ここを卒業。県内の医療機関で7年間、看護師として外科、産婦人科を中心に病棟と手術室に勤務。2003年に「英会話ができる看護師」を目指してオーストラリアに渡り、現地の大学看護学部を卒業。メルボルンで看護師として4年間勤務。

 2010年からあこがれの「国境なき医師団」に参加。スリランカパキスタン、シリア、イエメン、南スーダンなど9か国に、医療活動を支援するため17回派遣された。

 2018年10月からは日本事務局(東京)で海外派遣スタッフの採用業務に従事。アフガニスタンの首都カブールをタリバンが制圧した直後の2021年8月下旬にアフガニスタンの病院「ブースト病院」に派遣された。医療支援を5週間して、10月初めに帰国した。

 アフガニスタンは初めてで、18回目の派遣。

 

 

 

国境なき医師団」(MSF)とは?

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 アフガニスタン南部ヘルマンド州の州都ラシュカルガでMSFが運営する地域の中核病院、ブースト病院で手術の準備をする外科チーム=2019年5月5日撮影

クレジット:© MSF/Elise Moulin  

 

 

(メモ)

 国境なき医師団は、武力紛争や大災害などによって苦境にある人々に、宗教や政治的立場を超えて医療面で無償で支援する民間団体。

 略称は、MSF。フランスで半世紀前に創設され、日本にも1997年に組織ができた。

 アフガニスタンにはいま、日本人の医師、看護師、物資調達などを担うロジスティシャンら5人が派遣され、5つの州で活動している。

 国境なき医師団の日本組織の活動費は95%を個人、法人からの寄付金に依存。

 2020年度の総収入、総支出はいずれも約140億円。

 

 

 

 

白川優子さんの話(概要)

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アフガニスタンでの「国境なき医師団」(MSF)の活動

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国境なき医師団」は現在、アフガニスタンの国内の5つの州で、16のプロジェクトを展開しています。約50人の海外スタッフがいて、この中には日本人5人が含まれています。それに現地スタッフ2300人が医療活動をしています。

 タリバンとの間では、国境なき医師団の活動を継続することで合意していますので、国境なき医師団は当面、安全面で支障なく活動できると確信しています。

 

 

 

私(=白川優子さん)が派遣されたところ

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 写真は、南部ヘルマンド州の州都ラシュカルガでMSFが運営する地域の中核病院、ブースト病院に入る患者と付添人ら=2019年5月5日撮影

クレジット:© MSF/Elise Moulin

 

 

 

 私(=白川優子さん)が活動してきたのは、ヘルマンド州のラシュカルガというところにある州立ブースト病院です。スタッフが800人いる基幹病院です。国境なき医師団(MSF)はここでは、救急、外科、産科、小児科などを支援しています。

 

 

 

私に今回の派遣の話があった時の「心境」

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 写真は、ヘルマンド州の州都ラシュカルガでMSFが運営する地域の中核病院、ブースト病院で手術を行うMSF外科チーム=2021年9月17日撮影

クレジット:© MSF

上の写真で、紫色の手術着をつけているのが白川優子さん

 

 

 

 アフガニスタン入国前の経緯をお話しさせていただきます。

 派遣の話があったのが8月5日でした。今回は、3年ぶりの派遣でした。

 私は2010年から2018年まで積極的に派遣を受け入れていました。現在は本職としては日本の事務局で、採用を担当する職員として働いていたんですけれども、今回(派遣する人)は、紛争地の現場に慣れていて、なおかつ今すぐ出発できる人を捜しているということで、私に声がかかった次第です。

 結果的に承諾したんですが、心の中で大きな葛藤が正直、ありました。2010年に活動に参加して以来、初めて抱いた感情でしたね。

 単純に、今のアフガニスタンに入るのは怖いという思いだったり、平和な日本での生活から離れたくないという思いが混在していました。

 一番難しかったのは、家族に報告しなければいけないということでしたね。心配かけるということは分かり切ったことでしたので、伝え方とか伝えるタイミングに悩みました。

 

 実際に日本を立ったのは8月23日。当初、カブール空港から入る予定でしたが、タリバンが制圧して混乱に陥りました。

 私たちは計画を変更して、(隣国の)タジキスタンに入り、そこで新しいメンバーと顔合わせし、そこからチャーター機アフガニスタンカンダハール国際空港に入りました。さらに同じチャーター機でラシュカルガの空港に入りました。

 私が活動したブースト病院は、国境なき医師団が継続して支援している病院です。前任のチームとはラシュカルガの空港で入れ替わりました。

 

 ラシュカルガでは、8月1日から15日あたりまで戦闘が続いていて、前任のチームは車で病院から5分のところにある宿舎にも帰ることができず、病院の地下で生活しながら患者の対応をしてしていました。

 私たちが空港からラシュカルガの街に入った時に目にしたものは、マーケットは開かれていて、ひとびとが買い物をして、子供たちが遊ぶ姿がありました。女性が顔を出して1人で歩いている姿もあって、8月26日にカブール空港近くで大規模な爆発がありましたが、ラシュカルガでは見た目では平和な日常を目にしました。

 

 

 

私の業務内容

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 ヘルマンド州の州都ラシュカルガでMSFが運営する地域の中核病院、ブースト病院で手術を行うMSF外科チーム=2021年9月17日撮影

クレジット:© MSF

※左端が白川優子さん

 

 

 

 

 肝心の私の業務内容ですけれども、ヘルマンド州立ブースト病院に勤務しました。

 手術室の看護師として、手術室のスタッフの管理責任者という立場で入りました。私が管理したのが、オペ室(注:手術室のこと)の看護師と、麻酔専門の看護師、看護助手さん、滅菌室のスタッフなど合計50人ほどの統括。それから現地の整形外科チームもあり、みんなで一緒に活動していました。

 

 戦闘終結以降、患者が殺到して、オペ室にも影響がありました。

 例えば、戦闘前のオペ件数は、緊急ではない手術を含めて1日10から15件、私が到着した❝戦闘後❞は緊急の手術のみで1日10件から30件に膨れ上がって忙しい日々でした。

 このブースト病院の課題ですけれども、患者が殺していることが直面している問題です。

 戦闘終結で、安心して移動が自由にできるようになったこともありますが、他の病院が国際的な資金援助が停止されまして、職員に給料を払えずに閉鎖したために、稼働している病院に殺到しているという現状です。

 

 救急外来も1日800人が殺到してきて、300床の入院病棟は満床。特に、小児科のベッド不足に毎日毎日、私たちのチームが頭を悩ませていました。栄養失調と呼吸器の疾患を抱えて複合的な要因で亡くなっていく子供が毎日いました。

 1日平均70人以上の子どもが栄養失調で受診するのですが、入院しなくちゃいけないのにベッドがない事態に直面しています。

 私は5週間という短い期間で任期を終えて出国しましたが、後ろ髪を引かれる思いで出てきました

 

 

 

笑顔の現地スタッフは、心で泣いていた

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 写真は。西部のヘラート州でMSFが運営する新型コロナ治療センター。32床(当時)を備える同施設は酸素療法が必要な重症患者の治療に特化している=2020年6月29日撮影

クレジット:© MSF/Laura Mc Andrew

 

 

 

 現地の医療スタッフは、明るい人たちだという印象です。ジョークも大好き。

 私がブースト病院に入ったのが、現地ラシュカルガでの戦闘が終わって10日ぐらい経ってからですが、現地のスタッフも戦闘に巻き込まれて家が破壊されたとか、(家財を)強奪されたとかで、いまだに家に戻れない、そんな中でも病院で活動しているスタッフもいました。男性のスタッフはかなり明るく、私を歓迎してくれる方が多かったのですが、女性スタッフたちから言われた言葉で心が引き裂かれそうになったことがあるんですね。

 「ユーコー(=優子)、男性スタッフはみんな明るいでしょう。ここはいいでしょう。だけど、笑顔の向こう側では、みんな心で泣いているんだよ。いろんな心の不安、どうやって生活していくのか、ほんとは泣いているんだよ」と、女性たちから聞いて、心が切り裂かれる思いをしました。

 

 

 

 

アフガニスタンに支援を

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 写真は、南部ヘルマンド州の州都ラシュカルガでMSFが運営する地域の中核病院、ブースト病院の手術室で新生児のケアをする看護師=2019年5月5日撮影

クレジット:© MSF/Elise Moulin

 

 

 

 私たち、国境なき医師団は、アフガニスタンでの活動を民間からの寄付のみに頼っています。しかし、アフガニスタン医療機関は長年、国際社会からの資金の援助に頼ってきました。職員への給料未払いによって無給で働いていたり、病院や診療所が閉鎖を余儀なくされ、患者が医療を受けられない悲惨な状況に陥っています。

 国際社会の支援の継続を求めます。

 ありがとうございました。

 

 

 

【質疑応答】(一部のみ掲載)

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 ヘルマンド州の州都ラシュカルガでMSFが運営する地域の中核病院、ブースト病院の中央ゲート=2019年5月5日撮影

クレジット:© MSF/Elise Moulin 

 

 

 


(質問)

 タリバン政権は医療問題に関心があると感じましたか?

(答え=白川優子さん)

 関心があるかないか分かりませんが、こうした混乱が起こる前はタリバンと対話や交渉を国境なき医師団が続けてきた中で、戦闘が病院の周りであっても病院は攻撃しない、と言っていて、医療活動が阻害されるとか、医療従事者が狙われるということはありません。

 

 

(質問)

 派遣の話が白川さんにあった時、戸惑いがあった、ということですが、帰国されたいま、どう感じていますか?

 日本での報道と現地の実情では、差があると感じましたか?

 

(答え=白川優子さん)

 「戸惑い」についてですが、行ってよかった。戸惑いとか不安を抱えて入って、タジキスタンでこれから一緒に行く仲間に会ってから、その考えは変わりました。3年前まで現場で活動していたことがよみがえってきて、「この人たちと一緒にやるんだ」と。チームで働くということ、チームって強いんですね。

 通常の派遣は、現地に到着するまで1人、ということが多いのですが、今回は事前にチームの顔を見ることができたことも大きかったと思います。その時点で、不安は消えました。

 実際、現地に行ってから、来てよかったなとほんとに思いました。アフガニスタンは初めて、ということもありますし、私自身、はずかしながら、報道だけで怖いと思ってしまった。よく考えれば、大きなアフガニスタンの国の中で、カブールの街の惨状だけで判断してしまって。実際に入ってみると、カブールからだいぶ距離が離れているから、当たり前なんですが。

 現地に入って、一緒に働いていたスタッフたちから「今回、よく来たね、報道を見て怖くなかった?なんて言われたんですね。そういわれた時、恥ずかしかった。自分たちも戦闘で傷ついて、家が破壊されて、それでも患者さんで膨らんでいるブースト病院でいつもどおり働いている姿をみて、ほんとに来てよかったと思います。

 

 

 

 

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 ヘルマンド州の州都ラシュカルガでMSFが運営するブースト病院で、保健省のスタッフと共に外科手術を行うMSFの外科チーム。同病院は2020年に行った手術件数は4900件に上る=2021年5月2日撮影

クレジット:© MSF/Tom Casey

 

 

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 ヘルマンド州の州都ラシュカルガでMSFが運営する地域の中核病院、ブースト病院で、新生児集中治療室にて診断する小児科医=2020年10月19日撮影

クレジット:© Andrew Quilty

 

 

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 目が輝いている女性を、久しぶりに見ることができました。