北穂高岳で味わう至福のひと時

標高3000㍍の北アルプスや富士山登山、新聞記者としての首相外遊同行、大切な奥様との旅行、反戦への思いを備忘録として載せています。

木枯し紋次郎の主題歌『だれかが風の中で』がお勧め

お題「この曲、心がささくれてる時に聴くと良いよ!」

 

 テレビ時代劇『木枯し紋次郎(こがらしもんじろう)』の主題歌『だれかが風の中で』をお勧めします。

 1972年にフジテレビと系列の東海テレビなどローカル局で放送された番組です。

 中村敦夫無宿・渡世人の『紋次郎』を演じました。

 

 三度笠に道中がっぱ、腰には長い脇差、そして口にくわえた長い楊枝(ようじ)。受けたセリフは「あっしには、かかわりのねえこってござんす」。

 そのニヒルなたたずまいがカッコよかったです。

 しかし、そう言いながらも、弱い者、特に女性がひどい目にあっているのを見ると、くわえていた楊枝をピュッと飛ばし、刀を抜いて必死に振り回して助ける。そしてくるりと背中を向け、立ち去る・・・。

 

 当時はベトナム戦争のさなかで、沖縄の米軍基地ベトナム空爆の出撃基地になっていました。日本でも反戦運動が激しくなって、あちこちの大学で「安保粉砕」「沖縄返還協定断固粉砕」「封鎖貫徹」「改憲阻止」などのスローガンを掲げた立て看板がキャンパスに林立した時代です。

 しかし、いくら学生が跳ね上がっても世の中は一向に良くならず、この「70年安保闘争」は挫折(ざせつ)しました。

 講義をサボって自治会室に出入りし、集会やデモに参加していていた仲間や新左翼セクトのシンパだった知人も、みんな就職活動時期になると長髪をやめてヘルメットも脱いで変身。「ノンポリ」を装って大企業の採用試験を受けて合格しました。公安当局に名前を把握されていたゴリゴリの活動家諸君は大学院に進学し、教員になってその後を生きた時代です。

 

 「紋次郎』はそのころ人気のあったテレビ時代劇。主題歌をうたった上條恒彦の歌声が、パンチが効いてよかったです。なによりも、歌詞が心に響きました。

 

 

歌詞

だれかが風の中で

作詞:和田夏十

作曲:小室等

 

どこかで だれかが きっと待っていてくれる

くもは焼け 道は乾(かわ)き  陽(ひ)はいつまでも沈まない

こころはむかし死んだ

ほほえみには会ったこともない きのうなんか知らない

きょうは旅をひとり

けれどもどこかで おまえは待っていてくれる

きっとおまえは 風の中で待っている

 

どこかで だれかが きっと待っていてくれる

血は流れ 皮は裂(さ)ける 痛みは生きているしるしだ

いくつ峠をこえた

どこにもふるさとはない 泣くやつはだれだ

このうえ何がほしい

けれどもどこかで おまえは待っていてくれる

きっとおまえは 風の中で待っている

 

 


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