北穂高岳で味わう至福のひと時

穂高連峰や丹沢を歩いて20年余り。見たこと学んだことを備忘録として書いています。

山の雑学~ヤマビルを「殺せ」と神奈川県

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丹沢のシカは逃げません! (2019年4月6日、登山道から撮影)


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丹沢・塔ノ岳登山口に立つ「ヤマビルにご注意」の看板

 そんなに深刻なの? 

 

 丹沢の塔ノ岳(標高1491㍍)の大倉尾根ルート登山口に、2018年春ごろ、「ヤマビルにご注意を」と呼び掛ける看板が立ちました。そのころ私も、登山口から10分か15分進んだアスファルトの狭い道で、ヤマビルが1匹、草むらから出てきたのを見ました。シャクトリムシのような愛きょうのある歩き方で、踏みつぶすのもかわいそうに思い、やり過ごしました。

 大倉バス停の休憩室には、いつのころからか“塩”が登山者用に置かれ、登山道沿いの山小屋にも塩が配置されています。

 

 そんなに深刻な話なのか・・・。神奈川県のホームページをのぞいてみると、県が「ヤマビルを殺せ」と旗を振り、関係市町村がこれに応じているではありませんか。びっくりしました。

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≪神奈川県作成のリーフレット≫より

 ◆ヤマビルを見つけたら

  繁殖しないように「駆除」しましょう。

  ヤマビルは、靴で踏みつぶしただけでは死にません。

  消毒用エタノールや塩、食酢などをかける。

  ハサミで切る

  たばこやライターの火で焼く

 ◆吸血されたら

  取り除いたヤマビルを殺す

 

≪松田町ホームページ≫

 「吸血したヤマビルは卵を産み、さらなる被害を招くため、たばこの火で焼き殺す、石ですりつぶすなどして、必ず殺してください。」

 

相模原市ホームページ≫

 「もしヤマビルに吸血された場合は、塩などで必ず退治してください。生きたまま捨てると、公園で子供たちが吸血被害に遭うなど、ヤマビルの被害が拡大します。」

 

 

 ぶっそうですね。“ヤマビル”って何だろう。神奈川県が横浜国立大学などと行った「ヤマビル対策共同研究報告書」などを参考に調べてみると――。

 

ヤマビルって何?

二酸化炭素などを感知すると近づいてくる

 

 ヤマビルの生態に詳しい山中征夫・元東京大学千葉演習林助教によりますと、ヤマビルはミミズやゴカイの仲間で、体長は2~3㌢。とっくりのような形をして、体の色は落ち葉や土に似ている。

 ヤマビルはふつう、森林の落ち葉の下などに隠れていて、登山者や動物の吐く二酸化炭素や、足音、体温、においに素早く反応する。

 体の頭部とシッポに吸盤があり、頭部の吸盤の中に口があり、シッポの吸盤は、体を支える足のような役割がある。

 登山者や動物が近づいてくると、シャクトリムシのように背中を丸めたり伸ばして近づいてくる。進む速さは毎分1㍍程度。ただ、雨具を着ていると吸盤の吸いつきがよいため、足元から首筋まで約1分で到着する。

 

 

 

 

 皮膚にくっつくと、吸盤の中にあるノコギリのような鋭い口で皮膚に傷をつけ、血液を固めない作用のある「ヒルジン」という物質を傷口から体内に注入し、満腹になるまで、にじみ出る血液を吸う。ヒルジンには麻酔効果もあるため、吸われる登山者や動物に痛みはほとんどない。

 1時間かけて満腹に成ると、ヤマビルは自然落下し、産卵のために落ち葉などの下に隠れる。

 

吸われるとどうなるの?

 ヤマビルが吸い付くのは、肌が露出している首や手足が多い。傷口に「ヒルジン」が残っている間は、血液の凝固がじゃまされるので、2時間ほど出血が続く。ただ、ヤマビルが1度に吸う血液量は約2~3㍉㍑で、血液量としてはそれほど多くはない。

 しかし、傷口から細菌が入ることもあるので、注意が必要。

 

ヤマビルが食べているのは「血」!

 ヤマビルの唯一の栄養源は、動物の血液です。しかも成長や産卵のためには、たくさんの血が必要で、血液量の多い動物に寄生します。

 秋田県兵庫県が、捕まえたヤマビルの、消化されていない血液のDNA分析の結果、吸血の対象となっている動物が判明しました。

 半数がニホンジカで、そのほかにイノシシ、タヌキ、カモシカなどです。

 

ヤマビルの活動時期は?

 山中助教の研究によりますと、吸血活動が活発に見られるのは、4月から11月で、特に、湿度の高い梅雨から台風シーズンにかけた雨の日や雨後に活発に動きます。

 野外観察や飼育実験によりますと、ヤマビルの産卵期は5月から10月。吸血してから産卵まで約1ヵ月間、さらに卵が子ビルになるまで約1ヵ月間かかります。繁殖力の強い動物です。

 

どこの山にいるの?

 秋田県や千葉県房総半島、神奈川県の丹沢山地東部、静岡県岐阜県三重県などです。

 

 森林全体に分散しているのではなく、動物や人が行き来する獣道(けものみち)、歩道、林道の近くの葉の下に集中して隠れています。

 登山者には、地面に置いたザックや、ベンチで休憩中に靴につき、そこから首筋に侵入します

 

シカやイノシシが運搬役

 どうしてヤマビルは森林の中にいるのでしょうか?

 ヤマビルは昔から、山奥にひっそりと生息していると考えられていますが、近年人間の生活圏にまで進出してきたようです。

 これは、ヤマビルが「寄生」しているニホンジカが、里山で生息するようになったことが大きい。獣道と登山道が交差する場所で、多くのヤマビルが生息していることから、シカにぶら下がって移動しているようです。

 

神奈川県が事態を放置しない理由

 

 神奈川県は、ヤマビルが存在することで市民に及ぼしている悪い影響を、次のように説明しています。

 吸われた血がなかなか止まらないことや、吸われてしまった後で病気になるんじゃないかと心配する県民がいるなど、ストレスの問題が1つ。

 そして観光客や登山者に対して、悪いイメージを与えてしまうことが2つ目。

 さらに地元の農家の人が、不安から農作業に集中できず、仕事への意欲の低下につながりかねないから、ということです。

 

ヤマビル対策

登山者へは「塩を」と呼びかけ

 県や市町村は登山者に、「食塩」を直接、ヤマビルにかけるよう呼びかけています。

 

塩で脱水状態に

 

 ヤマビルは、足で踏みつけてもつぶれない強じんな筋肉を持っており、引っ張ってもちぎれないほどの弾力性があります。しかし、“ナメクジ”と同様に塩には弱いんです。

 ヤマビルは、塩を体に浴びせられることによって、自分の体内の水分が塩に吸い取られるのがいやなんです。

 

 そこで、ヤマビルに塩、できれば食塩水をかけます。すると、ヤマビルの体の表面の細胞を境にして、食塩水の濃度とヤマビルの体内の水分の濃度は同じようになろうとします。

 その場合、食塩の分子は体表面の細胞の穴を通れないため、ヤマビルの体内の水の方が体表面の細胞の穴を抜けて食塩水の方に移動します。

 これが「浸透」という現象で、ヤマビルの体内の水分は減って、“脱水状態”になり、体が縮みます。

 しかし、あくまで脱水状態であって、まだ完全には死んでいません。

 

根本的にはシカ対策が重要

 ヤマビル問題にきちんと向き合うには、運搬役のシカ対策を考えなければなりません。人家の近くにまで下りて来るようになったシカです。

 当面は、シカやイノシシが農地や家屋に近寄らないように柵で防護するしかないのでしょうか。

 

 登山者としては、なるべく登山道の真ん中を歩くこと。これしかないようですが・・・。