北穂高岳で味わう至福のひと時

標高3000㍍の北アルプスに登っていたころの写真記録、国内外の旅行、反戦平和への思いなどを備忘録として載せています。

ヘリが北アルプスの山小屋の荷揚げから撤退するかも(2019年)

 この夏、北アルプス穂高連峰の山小屋では、宿泊料金が値上げされました。消費税率が10月1日から現行の8%から10%に引き上げになるのを前に駆け込み値上げか、と思いましたが、それだけではないようで、事態はもっと深刻です。

 

 2019年8月9日にいつものように涸沢にテントを張って、翌日、北穂高岳に登りました。テント代は1泊1000円で昨年と変わりませんが、あちこちの山小屋の宿泊料金は「500円」上がっていました。

 

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  涸沢カールの夕焼け (2019年8月9日午後6時57分撮影)

 

 

宿泊料金値上げ その影に「ヘリコプター問題」

 

 山小屋の宿泊料金です。(カッコ内は昨年夏の料金)

涸沢ヒュッテ 1泊2食 1万円(9500円)

涸沢小屋   1泊2食 1万円(9500円)

穂高岳山荘  1泊2食 1万0300円(9800円)

穂高小屋  1泊2食 1万0200円(9700円)

 

 

値上げの理由?

 山小屋のそれぞれのホームページを見ますと、値上げ理由は、「2019年度、ヘリ荷揚げ料金の値上げにより宿泊料を改定いたしました」(涸沢ヒュッテ)、「4月27日の営業開始から宿泊料改定 物資輸送費の値上げなどによるもので、心苦しいですが、ご理解をお願いいたします」(涸沢小屋)。

 他の小屋は理由の記載がみあたりません。

 

 

 昼食料金もアップ!

  穂高連峰で一番高い、標高3100㍍に建つ北穂高小屋では、ランチメニューのガルビ丼(みそ汁付き)が、昨年より「100円」上がって1000円。特製カレーライスも100円アップの900円になっていました。

 

 

なぜか、上高地の風呂も値上げ

 上高地に下山した時にいつも立ち寄る「上高地アルペンホテル」(松本市営施設)の外来入浴も、昨年までの「600円」から一気に「1000円」に「400円」も上がっていました。ただし、タオルがおまけで付いていました。

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 ホテル入口に出された案内…

 

 

ヘリコプターの荷揚げ料金値上げ

   山小屋の宿泊料金の値上げの背景にあるヘリによる荷揚げ料金のアップ――。何がそのウラにあるんだろう。

 

拡散希望】と見出しのアタマに付けられた1本のレポートが、深刻な事態が“山小屋の世界”で起きていることを教えてくれました。

 

 記事のタイトルは、「登山文化の危機! 山小屋ヘリコプター問題」。

 筆者は、北アルプス黒部川源流部の中部山岳国立公園内にある山小屋「雲ノ平山荘」の支配人、伊藤二朗さん

 その訴えは、今後、ヘリコプターによる物資輸送が受けられなくなって経営が困難になる山小屋が続出する可能性がある。その結果、各地で登山道の荒廃が進んでしまうというものです。

 どういうことでしょう。

 

 

ヘリコプターが握る山小屋の命

 ところで、“ヘリコプターによる山小屋への荷揚げ”というものはどうなっているのか、といいますと――。

 

 北アルプスの山小屋は、宿泊したり立ち寄る登山者に提供する食事の材料などいろんな物資を年に何回かふもとから運び込んでもらう契約を、ヘリ運航会社と結んでいます。ヘリによる荷揚げは山小屋経営にとって生命線です。

 運んでもらうのは、食材のほかプロパンガスボンベ、暖房用軽油、トイレットペーパーなどの日用品、みやげものなど。

 ふもとのヘリポートで各山小屋従業員が段ボール箱に物資を入れて荷造りし、これを「もっこ」という網で包んでヘリで吊り上げ、そのままぶら下げた状態で空中を飛んで山小屋に向かいます。

 各山小屋は敷地の一部に受け入れスペースを確保して、飛んできたヘリは、空中でホバリング(静止)した状態で「もっこ」を降ろし、フックを山小屋のスタッフが外したら、そのまま飛び去ります。

 山小屋で出た「し尿」やゴミも、「もっこ」で吊ってふもとに下ろします。

 

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 涸沢小屋に「もっこ」を下ろすヘリコプター (8月9日午後0時59分撮影)

 

  物資を下ろしたら、ヘリコプターはすぐに離脱します (8月9日午後1時撮影)

 

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 今度は、涸沢ヒュッテに物資を下ろします (8月9日午後2時19分)

 

 

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 涸沢ヒュッテに翌日また、荷揚げのヘリが飛来 (翌8月10日午後3時7分撮影)

 

 

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 荷揚げを繰り返していた東邦航空のヘリコプター

 

 

雲ノ平山荘・伊藤二朗支配人の問題提起

 伊藤さんのレポートは7月31日、雲ノ平山荘のHPに掲載され、Twitterで多くの人に拡散されました。

 

 伊藤さんは以下のように書いています

 「1960年代初頭以降、ヘリコプターは山小屋運営の絶対的な生命線になった。それ以前は人が背負える範囲内の物資で山小屋を建設し、生活物資や食料を確保し、人力だけで開拓活動全般を行っていた。食料は宿泊者がある程度、持参するのが習慣であった。」

 「山小屋のヘリコプター事情の風向きが変わり始めたのは、2010年ごろからだったと思う。それまではT航空(←東邦航空が比較的大きなシェアを占めていたとはいえ、4社ほどがそれなりに正常な競争原理を働かせながら共存して、北アルプスの山小屋の物資輸送を行っていた。それが2010年ごろからA社(←朝日航洋?)、N社(←中日本航空?)、S社(←新日本ヘリコプター?)などが山小屋の物資輸送を急速に撤退方向に舵を切り始めた。」

 「当時、雲ノ平山荘で契約していたN社も突如として、山小屋の物資輸送から撤退したい旨を公言。N社と相前後してA社、S社なども同じ方針を打ち出し始め、結果的にT航空に過剰ともいえる山小屋の物資輸送のシェアが集中することになった。」

 「雲ノ平山荘も2017年からT航空に物資輸送をしてもらえることになった。しかしその矢先である。T航空の(山小屋への物資輸送にも使っていた)大型ヘリが、(群馬県上野村で)墜落事故に見舞われ、そこから大きく計画が狂うことになってしまった。」

 「現実問題として、T航空としても『現状のままではほぼ間違いなく、近いうちに山小屋の契約を整理、削減せざるを得なくなる』という。山小屋の仕事からいち早く距離を置いたその他3社は、まだごく少数の山小屋の仕事を行っているとはいえ、新規の仕事は受け付けない状況だ。」

 「山小屋は、公共的な役割を担っている。公共性の高い部分だけを列挙しても、緊急避難施設であること、遭難救助、登山道整備、診療所の開設、登山者への食事及び各種情報提供など、多岐にわたる。」

 「何らかの理由でヘリコプター会社が山小屋の物資輸送から全面的に撤退、あるいはトラブルでヘリコプターが運航できなくなると、山小屋の経営が困難になり、結果的国立公園の運営に重大な支障をきたしても解決策もない。」

 

 このように伊藤さんは事態を相当深刻に受け止めています。

 

 

ヘリ会社は送電線関係の仕事がピークのよう

 東邦航空の宇田川雅之社長は、所属する川田グループの技術報告書「川田特報」(2017年)の中で、ヘリコプター事業についてこう書いています。

 「現在、ピークを迎えようとしているのが送電線物輸です。大型ヘリコプター輸送作業が活況となっているのは、電力供給の安定化を促進するための東西連携線と呼ばれる工事です。周波数の異なる地域間の広域整備計画は、自然災害等発生時の電力の融通を確保するためにも重要な仕事です。国内にある大型ヘリコプターが総動員され、作業を行っています。」

 

 多少の悪天候の中でも物資輸送のために飛んで墜落の危険にさらされるよりも、気象条件が良いときにだけ飛び、かつ利益率が高い電力関係、公共工事の方にシフトしている、ということでしょうか。

 

 

伊藤さんの提案…

 雲ノ平山荘支配人の伊藤さんは、先のレポートで、荷揚げをしてくれるのは実質、東邦航空1社だけという現状の「打開策」として、次のような提案をしています。

①「行政」がヘリコプター会社に対して助成金を出し、事業として継続可能な体制を構築する。また、物資輸送単価が山小屋の存続にとって過剰に高騰した場合は、単価を一定に抑える仕組みを作る。

②緊急時の対応として、行政が手配しうるヘリコプターを動員し、事態の収拾にあたる。

 

 

「提案」に対する反応は?

 ヘリコプター運航会社に公的支援だって???――ネット上では、批判的な声が多く見られます。ざっと拾ってみると……。

 

▽そもそもだれも“登山してくれ”と頼んでもいないのに、勝手に登っておいて「山小屋の経営に公的支援を」と言っても通るわけがない。

▽国立公園内で既得権益で商売をしておきながら、おいしい商売ができないから税金で助けてよ、という感じ。無人の避難小屋で十分。

▽ヘリ会社の経営が成り立つ料金を考えればよい話。登山者が負担すればよい話。

▽北海道には営業小屋は1軒もない。あるのは避難小屋だけ。贅沢な山小屋、贅沢な登山から、一度、登山とはどういうものかを考え直したらどうか。

▽そもそも経営手腕のなさをヘリ会社に責任転嫁している時点で山小屋の将来はない。

 

 いずれも、ごもっともな意見です。ただ、ツイッターを使っていない中高年登山者の多くがどう考えているのか、少し気になります。

 

 

今後の展開は?

 「登山」が趣味という人が1億3000万人の日本国民の中でどのくらいいるのか知りませんが、「税金」の投入となると、理解を得るのは非常に困難です。ヘリ会社が効率や、安全性、利益率の高い分野にシフトするのは資本の論理であって、軽々しく批判できません。

 テント泊の私にとっての山の魅力は、「自然が時々刻々と描き出す景観」です。山での食事の内容や宿泊環境は2の次です。

 ヘリのコストアップ分は、宿泊者や山小屋利用者に負担してもらえばよいでしょう。事情をきちんと説明すれば分かってもらえるでしょう。単純にそう思います。