北穂高岳で味わう至福のひと時

標高3000㍍の北アルプスに登っていたころの写真記録、国内外の旅行、反戦平和への思いなどを備忘録として載せています。

谷川岳~真冬に西黒尾根で雪洞掘り・ラッセル訓練をして登頂

 西黒尾根で「雪洞」を掘る(2002年2月2日撮影)

 

 

 冬の谷川岳で、西黒尾根の途中で雪洞(せつどう)を掘り、翌日はラッセルをしながら谷川岳山頂を目指すという訓練をしました。

 2002年2月2日~3日ですパーティーは当時いた社会人山岳会の7人

 その時のメモです。

 

 

 

 

【2月1日(金)】

 夜10時、会の事務所に7人が集まり、車2台に分乗して出発。

 

【2月2日(土)】

 午前1時すぎ、JR土合(どあい)駅着。駅前広場は雪が積もったままでやむなく車を道路わきに止めた。こうこうと明かりのついた駅舎には、登山者が一人、シュラフにくるまって隅っこの長いすに横たわって睡眠中。我々は彼とは反対側の隅に、銀マットを広げ、ステーションビバークをした。

 この土合駅の待合室は、岩登りが盛んだったころには仮眠する登山者でごった返していたそうで、仮眠スペースを確保するために列車で駅に着くと、長いなが~い駅の階段を競って駆け上ったそうだ。隔世の感がある。

 

 午前6時、お目覚め。共同装備を分け、「ビーコン」を初めて付けた。ビーコンは電波を送受信する装置で、雪崩で自分が埋まった時に、自分が発信している電波を仲間に拾ってもらったり、逆に、埋まった仲間の居場所を探すために、自分のビーコンを受信状態にしておく貴重な道具。

 谷川岳ロープウェイ駅まで移動し、車は屋内駐車場に入れた。

 

 午前7時30分、谷川岳登山指導センターのすぐ裏手で全員、「輪カン(わかん)」を付けた。輪カンは「輪かんじき」の略称で雪の樹林帯をスタスタと歩くための道具。日本三大急登の1つ、西黒尾根の登山口(標高801m)から送電線の鉄塔を目指してMさんを先頭にトレースのない雪面を直登した。

 午前9時30分、鉄塔着。右手に見えた素晴らしい稜線のピークが白毛門。「雪山はいいな~」なんて思っていると、「この鉄塔は覚えていてね」「下山の時の目印になるからね」とベテラン諸氏。さあ、これからが本番――。

 

 横に少し広がって、各自、輪カンで雪を踏みしめて歩く練習。アスファルトの上を歩くように輪カンで歩くと、自分で輪カンを踏んづけてひっくり返る。花魁(おいらん)のように「八の字」を描くように歩くのがコツだ。

 先頭のMさんは片足一本立ちのあと、ピシッと一発で足を雪面に埋め込む。さすがだなあ、きれいな歩き方だ、テクニックをいただいちゃおうと、うしろからチラチラみているうちに、次は縦一列になってラッセル訓練。まずは新人の私が先頭になって、脚が重くなる寸前までトレースをつけて前進。そして脇にそれて次の人に交代した後は、最後尾に付く、ということを繰り返した。

 進んでいくうちに、高さが2m以上もある雪の壁の下に着いた。❝垂直❞もたいへんだろうが、それ以上に雪壁の最上部が雪庇(せっぴのようにはりだしていて、それが下から見上げると手前に反り返っているのが分かる。「こんなの、ど~やって乗り越えるの?」とブツブツ言っていると、先輩がこともなげに雪庇をピッケルで叩き落して登って行った。新人の紅一点も私と同様、少し登るとすぐにずり落ちていると、横からベテランの1人が「ひざを使うんだよ~ひざを」。崩した雪をひざで固めると、次はそこを足置き台にしてテンポよく登って行ってしまった。さすがだね。

 

 午前11時20分、今宵の宿泊予定地に着いた。高度計を見ると、標高およそ1160m地点。雪庇ができている斜面に、「雪洞(せつどう)」を掘るのだ。雪洞というのは、降り積もった雪の斜面に掘った穴、のこと。冬山登山では強風や地面が凍っていることが多く、縦走路でテントを張れない場合があるため、雪洞を掘り技術を習得しておくとお得だ。

 雪洞を掘り道具はスコップコッフェルスノーソーがあればなお便利。1m四方の穴を交代で4~5m、真っすぐ掘り進んだ。すると、木の枝がニューッ。もうじき土の斜面らしい。そこで左右に向きを変えて進むと、右側は2mほど進むと天井にポカンと穴が開いた。首を突っ込んでのぞくと、どうやら雪庇の先端が丸くなって垂れ下がってできた空間にぶつかったようだ。雪質も様々で、スノーソーが入りにくい堅い個所もあったが、3時間後の午後2時30分には、7人が泊まってもおつりがくるほど大きな雪洞と、トイレ用の雪洞ができた。

 

 今宵の食卓は「チゲ鍋」。お日様が高いうちから酒盛りが始まり、あれやこれやしゃべっているうちに、「明日も晴れるに決まっとる」「全員で頂上をアタックするか」というはなしになった。当初の計画では、ベテランだけ登頂して残りの者は雪崩で埋まった人をビーコンで探す訓練をする予定だったが、変更だ。午後8時、ランタンを消した。

 

【2月3日(日)】

 午前4時45分、起床。雑炊を食べ、出すべきものを出す。

 午前6時30分、つぼ足で出発。曇り空で無風。気温はマイナス3度。空身でのアタックとはいうものの、天候の急変やルートの見失いに備えてシュラフカバー、水、ヘッドランプ、防寒具、行動食を各自がザックに入れ、残っているガスカートリッジもすべて持っていく。

 午前7時45分、西黒尾根の小ピーク、「ラクダのコブ」(標高1516m)にさしかかったあたりでアイゼンを装着。コブを一つ越えたあたりで、先頭のMさんがシュリンゲを腰に巻くよう全員に指示した。(しかし結果的にはザイルを出すことはなかった)。

 

 樹林帯を抜けるとすぐ、やせ尾根の登り。風も出てきた。左手の西黒沢側は雪庇(せっぴ)が張り出しているため、踏み抜かないよう稜線の右側斜面を慎重に一歩一歩進む。傾斜角度45度の登りでは、右手のピッケルとともに左腕を雪面にひじまで突っ込んで支えにし、キックステップでひたすら登った。

 白い世界を歩くうちに前方左手に黒い大きな岩が見えた。ザンゲ岩だろう。2000年7月に単独で谷川岳トマノ耳(標高1963m)とオキノ耳(標高1977年)に登った時も、この岩を左に見て通ったが、あの夏とこの厳冬期とでは雰囲気が違い、まったく別のものだ。

 

 午前9時40分ごろから舞い始めた雪は、高度を上げるにつれて風を伴うようになり、ザンゲ岩付近ではトレースを消してしまった。地上の雪と、灰色の空との境はなく、ポツンポツンと黒い岩らしきものが正面や背後にみえるだけ。しかし、ベテラン諸氏は交代でラッセルし、赤テープを先端に巻き付けた竹ざおを雪面に次々と刺して進む。ルートファインディングをしているMさんは、ザンゲ岩の上部あたりから左斜め前方にトラバースした。後に続くとやがて天神尾根からのトレースに合流。数分後には黒い物体がうっすら見えてきた。「肩の小屋」だった。時刻は午前10時40分

 「やったね」と思う間もなく、Mさんが「ピークは、すぐそこに見えます。登ったも同然。風が強いから下りま~す」。登ってきた時のトレースが風で消されるのを心配しているらしい。

 

 午後零時30分、雪洞着。残っていた❝おいしい水❞でのどを潤した。

 午後1時、雪洞をつぶして出発。45分後に駐車場に着いた。水上町営の入浴施設「湯テルメ・谷川」に移動して汗を流し、また❝おいしい水❞で乾杯した。