雪が残る富士山頂の巨大な噴火口。(2013年5月25日撮影)
富士山の登山シーズンがもうじき、やってきますね。
富士山に登るルートは4つあります。
山梨県側の吉田ルートは7月1日に、静岡県側の富士宮、須走、御殿場の3ルートは7月10日にそれぞれ登山道が開き、4ルートとも9月10日まで通行できます。
ところが今年は異変があるんですよ。
山梨県が吉田ルートの登山口にゲートを設置して通行料2000円をとるんです。目的は、1日当たりの登山者数を4000人以内に制限するため、というのです。
そのためこの夏、富士山登山者が静岡県側登山口に流れ込むのではないか、そんな予感がします。
富士山の土地所有者はいったいだれなのか、夏以外の時期に富士登山をしてはいけないのか――あまり知られていない富士登山のイロハを整理してみました。
目次
「吉田ルート」は入山者数を制限
(静岡県警察のHPから引用)
入山規制するのは、山梨県側の「吉田ルート」だけです。狙いは混雑の緩和。
吉田ルート五合目登山口から「泉ヶ滝」までの登山道を、道路法上の「道路」ではなくて「県の施設」として取り扱い、登山者から「使用料」として1人1回につき2000円を徴収します。これによって山頂方向への登山者を、1日当たり4000人以内にとどめます。
そして、山小屋に泊まらず一気に山頂を目指す「弾丸登山」をなくすために、午後4時以降翌日午前3時までゲートを閉めます。
使用料2000円は、以前から任意で登山者からもらっている「冨士山保全協力金」(1000円)とは別ものです。
静岡県側は規制しない
静岡県側の富士宮ルート五合目登山口。(2009年8月2日撮影)
一方、静岡県は富士宮、須走、御殿場の3ルートとも、使用料、通行料といったものは徴収しません。
山梨県と静岡県の対応の違いは、1つには「土地の所有権」が影響しているようです。
静岡県側3ルートの五合目登山口は、林野庁が管理する国有地です。これに対して山梨県側登山口は県有地。
静岡県が県独自の判断では規制できないのですね。
静岡県が規制しないもう1つの理由は、御殿場口や富士宮口では、複数の個所から入り込んで途中で登山道に合流できるため徴収を徹底できない、という事情があるようです。
富士山頂は神社の私有地
富士宮ルート八合目の山小屋のテラス。「これより奥宮境内地」の看板があります。(2009年11月3日撮影)
そもそも、富士山はだれの土地なんでしょうか?
日本政府がユネスコ世界遺産センターに2012年1月に出した世界遺産推薦書をみますと、八合目以上は「富士山本宮浅間(せんげん)大社」の私有地だということが書かれています。富士山山頂は神社のもの、と政府が認定しているのですね。
日本政府の説明によりますと、天下統一を果たして江戸に幕府を開いた徳川家康が1609年、富士山山頂の噴火口内の「散銭」(=おさいせん)を取得する権利を富士山本宮浅間大社に優先的に認めました。
これを足掛かりにして富士山本宮浅間大社は山頂部の管理を行うようになり、1779年に江戸幕府から「八合目以上の区域」が境内地と認められたのです。
「八合目以上」となったのは、山頂噴火口の底部に「浅間大神」が鎮座するという考えに基づいて、その底部と同じ標高に当たる八合目から山頂までの区域が神聖なエリアと考えられたためでした。
その後、1877年ごろ、明治政府が八合目以上の土地をいったん国有地と定めましたが、戦後の1974年の最高裁判決に基づいて2004年には富士山本宮浅間大社に返還されています。
ただ、富士山山頂は未登記で、地番は確定していません。
これは山梨、静岡両県の知事が争いを避けて市町村の境界をはっきりさせようとしないためです。
富士山本宮浅間大社が八合目以上の不動産登記をできないために、富士山頂が山梨県か静岡県か分からないわけです。
七合目以下の部分は国や県の所有地
では、八合目の手前から下はどうなんでしょう。
実は、富士山の静岡県側はほぼ全域が林野庁の管理する国有林です。その域内にある登山道3ルートは、静岡県道路保全課が維持管理しています。
一方、山梨県側は大部分を山梨県が保有。吉田ルートは山梨県道路維持課が管理しています。
ただ、富士山山頂部から東側斜面にかけては、山梨県と静岡県の境界が定まっていません。
想定されるゴタゴタ
ことし7月1日以降、あちこちの登山道でもめごとが起きなければいいんですが・・・。
「登山」がらみの法律に詳しい溝手康史弁護士=国立登山研修所専門調査委員=が雑誌「岳人」2024年5月号で、富士山の入山料について法律面で開設していますので一部、引用させていただきます。
■7月1日から施行される山梨県の登山規制に関する条例は、県道である登山道を有料の施設として扱って、2000円を「使用料」として徴収するもの。これは従来からある任意の富士山保全協力金と異なって、法的な支払い義務があります。ただ、この支払は民事上の義務で会って、違反して払わなくても刑罰は課されません。
(注:しかし、万一支払いを拒んだり県側が強引に徴収しようとすると、もめますね。ゲートが午後4時以降に来た登山者はどうするんでしょうね。)
■有料の登山道部分を利用しない登山者からは「使用料」を徴収できません。ゲートを閉めても、ゲートを迂回して登山もできます。山梨県は登山道以外の県有地を立入禁止にする必要があります。
■山梨県が立ち入ることを禁止した場所に登山者が侵入すれば、軽犯罪法違反になりますが、立入禁止場所の範囲を明示しなければ処罰できません。
■登山道を有料にした場合、県にとって安全管理義務が重くなる可能性があり、落石事故などが起これば県の管理責任が問題になりやすい。
■富士山では【富士登山における安全確保のためのガイドライン】で夏山期間(7月上旬から9月上旬)以外の登山を禁止していますが、この【ガイドライン】は行政指導であって、「禁止」に法的拘束力はありません。それに「万全の準備をした登山者」は例外とされています。したがって、夏期以外の時期は、事実上、無料開放になるでしょう。
富士登山は「夏」以外は「禁止」なの?
時々、次のような発言を耳にします。
「富士山頂に登れるのは、夏の2ヵ月間だけでしょ?」
「富士山の冬山登山はいけないんでしょ?」
それらは誤りです。夏山シーズンを過ぎても、法律の上で、富士登山は禁止になってはいません。
富士宮ルートの頂上、浅間大社奥宮前で休む登山者。(2013年5月25日撮影)
溝手弁護士も触れていますが、【富士登山における安全確保のためのガイドライン(主に夏山期間以外における注意事項)】という文書があります。
2013年7月に策定されました。作ったのは【富士山における適正利用推進協議会】という組織です。
この文書のポイントは、「夏山期間以外の時期は、十分な技術・経験・知識としっかりとした装備・計画を持った者の登山は妨げるものではないが、万全な準備をしない登山者の登山(スキー・スノーボードによる滑走を)は禁止する。」という個所です。
※「夏山期間」とは、例年7月上旬から9月上旬までの登山道の開通期間のことです。
「禁止する」という単語だけに注目して「ああ、夏以外、登山はできないんだ」と思ってしまう人が少なくないのですが、それは間違いなんです。
「十分な技術・経験・知識としっかりとした装備・計画を持った者の登山は妨げるものではない」と、夏山期間以外の登山を認めているんです。
ちなみに、このガイドラインを作った【富士山における適正利用推進協議会】という組織は何者か、と構成を調べますと、環境省など関係省庁の出先機関、山梨・静岡両県、それに地元自治体の産業関連部、山小屋、観光協会、旅館組合、山岳団体、富士急、富士山本宮浅間大社でした。
富士山では、現在も社会人山岳会が1月から2月にかけて、吉田ルート五合目の佐藤小屋(標高2230㍍)付近から六合目にかけたあたりで雪上訓練をします。
主に、冬山で滑落した時にピッケルで素早く止める「滑落停止訓練」やキックステップ、ロープワークを学びます。
私も20年前、東京都山岳連盟の「雪山教室」や神奈川県山岳連盟の「冬山教室」で指導を受けました。
凍てついた富士山は、冬山登山の技術を磨く場として、素晴らしいところです。
★富士山の場合、何らかの入山規制は必要かもしれませんが、富士山の山頂は1つです。共有する山梨県と静岡県は協調して、もっと穏やかな合意はできなかったもんでしょうか、と「山」を愛する人間は思うのですがね。