北穂高岳で味わう至福のひと時

穂高連峰や丹沢の20年以上の山歩きで感じたこと、考えたことを備忘録も兼ねて書いています。

山に想う~夏の涸沢・北穂高岳~②スーツで登山! 目的いろいろ

スーツ姿で大キレット縦走

f:id:alps6717:20190814083935j:plain

 北穂高岳山頂からみた大キレット 向こうに見えるのは槍ヶ岳 (2019・8・10撮影)

 

 その男性を見かけたのは、2019年8月9日午前7時過ぎ、上高地から横尾方面に向かう途中の明神館を過ぎたあたりでした。私が重さ20㌔もある古い60㍑ザックを背負って昔ながらのオールレザーの重登山靴をはいてチンタラ歩いていると、すーっと追い抜き、さっそうと歩いて行きました。

 

 ギョッとしたのは、その出で立ち。紺のスーツに茶色の革靴。手にはビジネスバッグ…。ここは東京のオフィス街ではない。山の中だ!

 しかし、“この先の山小屋の徳沢園か横尾山荘に「営業」に行くんだろうなあ”と勝手に想像し、私の頭からこの男性はすぐに消えました。

f:id:alps6717:20190814085227j:plain

 右側の男性。こんな出で立ちです……

 

 ところが、午前8時30分、穂高連峰方面と槍ヶ岳方面の分岐となる「横尾」でザックを降ろし、水分を補給していますと、私の視界にスーツ姿の男性が入り、横尾大橋の前でチャラチャラした女性とカメラに収まっているではないですか。

 そのうち男性はビデオカメラに向かって「これから槍ヶ岳に向かいます。頑張ります」とこぶしを振り上げ、同行者と槍ヶ岳方面に行きました。

 「どこかの民放テレビ局がタレントを使ってバラエティ番組でも作っているんだろう」と思い、これも記憶からすぐ消えました。

 

 翌8月10日早朝、涸沢のテント場を出発した私は午前9時30分に北穂高岳の山頂を踏んだ後、直下の北穂高小屋のテラスに陣取り、「大キレット」をコーヒーをすすりながら眺めていました。至福のひと時です。

f:id:alps6717:20190814091757j:plain

 ホットコーヒー1杯500円です

 

 「大キレット」は、槍ヶ岳から南岳を経て、北穂高岳に至るまでの急峻な岩稜帯のことです。登山ルートとなっている尾根の両側は断崖絶壁で、長野県が定めた「山のグレーディング」でも難易度が最も高いルートになっています。

 私は、槍ヶ岳方面からの縦走をほぼ終えて北穂高小屋テラスまでの最後の急登に挑む登山者の姿をデジカメで撮っていたのですが、またギョッとしました。

 

 「まさか」。

 カメラから目を離して肉眼で見ると、あの男性がいたのです。目の前に。

f:id:alps6717:20190814092907j:plain

 例の男性じゃないか……

 

 男性は、紺のスリーピーススーツにネクタイを締め、茶色の革靴。手にはビジネスバッグ。斜め上方をみている。先に進んだ同行者が小屋のテラス直下からのビデオ撮影準備を整えるのを待ち、おもむろに最後の50㍍を登り始め、午前11時にテラスに着きました。

f:id:alps6717:20190814093610j:plain

ビデオカメラを回す同行者の1人(左)と、例の男性

 

 

「オーダースーツSADA」の社長

  男性に「いやー、びっくりした。いやー、驚いた。そんな格好で…」と声を掛けますと、「ネタづくりにやってます。(ザックを背負うこともなく)身軽ですから。笑っていただければ……」。店の名前や所在地を聞きますと男性は「オーダースーツSADA」の社長で、本店は東京・神田。全国に53店舗展開しているとのことでした。

 長野県警山岳遭難救助隊の人が、ヘルメットも着けずに通勤用の革靴という姿だけをみれば目をむくでしょう。が、男性の周りには登山経験が豊かそうな撮影スタッフや会社の部下が総勢5、6人おり、ビデオを回さない岩稜の縦走中は登山靴にはき替えるなど、巧みに演出している気配をかぎとりました。

 

目的は自社オーダースーツのPR

 下山後ネットで検索したところ、男性は佐田展隆さん44歳。高校の時はサッカー部、一橋大学時代はノルディック複合の選手。趣味は登山で、剣岳にも何回か登っているようでした。

 これまでも自社のビジネススーツを着て富士山や剣岳に登ったり、東京マラソンに参加した様子を写した動画を10本近く、「YouTube」で公開していました。

 このところ、職場での服装がカジュアル化し、スーツ離れが進んでいることを背景に、自分のところでつくるオーダースーツには「耐久性」もあり、体も動かしやすいと宣伝するために、社長自らが文字通り身を挺して取り組んでいるようです。

 

 今回の件で、「オーダースーツSADA」というお店があることは分かりました。

 

 

トレイルランで北穂に登頂

 北穂高岳から涸沢に張ってあるテントに戻る途中、軽快なフットワークで登ってくる30代の女性に出会いました。午後1時30分ごろです。

 こんな時刻に北穂高岳に登ろうとするのだから、てっきり山頂の北穂高小屋泊まりかなと思い、「今朝のスタートは上高地バスターミナルですか?上の小屋に泊まるんですか」と声を掛けると、「いえ、下の涸沢小屋に泊まります。今朝は上高地からです」という答えが返ってきました。

 私もそうですが並の登山者は、朝、上高地バスターミナルを出発して、ザックの重さにもよりますが6時間から7時間後に涸沢に着き、テントを張るなり小屋に入ります。それなのにこの女性はもっと上に行く……。

 登っていく後姿をチラッとみると、背中に小さなリュックが1つ。トレイルランニングの皆さんが背負っている山中を走るスタイルです。

 早朝、上高地に高速バスで到着後、涸沢の山小屋に荷物を置くと、その足で北穂高岳や奥穂高岳の山頂まで登って、また駆け下りてくるようです。

 あわただしく見えますが、これも最近増えている山の楽しみ方なんですね。

 

 

涸沢にテントを張り、北穂高岳を味わう

 私の場合、早朝、テント場や涸沢ヒュッテのテラスからのモルゲンロートを楽しんだ後、北穂高岳に登り始めます。

 モルゲンロートは、東の空からの太陽光線が山の斜面を照らすことによって、斜面が赤く染まる“朝焼け”のことで、語源はドイツ語。夏のこの時期は午前5時過ぎに始まります。

 山頂で2時間以上、飽きもせずに景色を楽しみ、下山にとりかかります。高山植物を探しながらです。環境省の自然保護官に遭えば雑談もします。「ゴミは多いですか?」「それほどでもないですが、アメの袋の切れ端とか、ありますけどね」という具合です。先日はライチョウの話になり、この北穂高岳にも親子が1組生息していて、イワツメクサを好んで食べている、という話をしてくれました。