読んだ感想
20年以上前から、趣味で山登りをしています。北アルプスの不帰嶮(かえらずのけん)という岩場で2メートルほど転落したり、南アルプス北岳でつまずいて岩で顔面を強打しそうになるなど「ヒヤリ」としたことは何度かあります。
幸い、救助隊の皆さんの世話にはなっていませんが、「こんな救助隊員に出会ったら感激するだろうなあ」という漫画があります。
『岳』というタイトルの漫画です。ガク。山岳の岳です。胸に響くものがあります。
『岳』についてメモしておきます。
目次
本のデータ
単行本の題は『岳(ガク)』。
著者=石塚真一。
小学館発行。
全18巻。
『岳』第1巻の初版第1刷は2005年6月発行。
最終の第18巻は2012年9月発行。
2007年7月20日に書店で目にとまり、買い始めました。
★全18巻の読了日
1回目:2012年12月21日
2回目:2013年3月20日
3回目:2021年10月28日
4回目:2023年10月18日
北アルプスのほとんどの山小屋の談話室には、『岳』がそろっています。いまだ人気があるようです。
本のあらすじ
第1巻。
描かれているもの
1話完結型の人情漫画です。毎回のことの起こりは、ごくふつうの暮らしをしている人が、いろんな事情や思いから北アルプスの穂高連峰に登り、運悪く、滑落や雪崩などで遭難するという設定。
そんな時、ボランティアで救助活動をしている主人公の島崎三歩(しまざきさんぽ)は、長野県警山岳遭難救助隊からの出動要請で、ゴツゴツした岩場であろうと吹雪の中であろうと遭難現場に向かって突っ走り、救助にあたります。
救助を求めていた人に三歩が真っ先にかける言葉は「よくがんばった」。
とても優しく温かみがあり、読む者は心を打たれるのです。
半面、ガケから転落してむごい姿になった姿も描かれます。山の美しさ・素晴らしさとともに、登山は「死」と隣り合わせで怖い部分をあわせ持っているという山の現実も見せつけられます。
主な舞台
北アルプスでいちばん人気のある穂高連峰の北穂高岳や奥穂高岳、前穂高岳、涸沢あたり。
主な登場人物
★島崎三歩
長野県の民間のボランティア団体「山岳遭難防止対策協会」(略称:遭対協)に参加しているボランティアの救助隊員。
ついでですが、長野県遭対協は実在する組織です。遭対協の救助隊員は、山小屋の従業員やオーナー、山岳ガイド、自営業者らで構成。県警山岳遭難救助隊の指示で救助活動に出動。ボランティアのため月給はなく、救助活動に出動した時に手当が出ます。
物語の中の「三歩」は山が大好き。穂高連峰の岩場に夏はテントを張って過ごし、積雪期には岩のくぼみを利用して雪のブロックを積み上げて造った「イグルー」で暮らす生粋の山男。
ですが、物語終盤で、エベレストに登った三歩と連絡が絶たれてしまいます。
三歩は、エベレスト山頂近くで遭難した、友人が率いるパーティーの救助に向かい、数人を助けて下の方に設営してあるキャンプに向かいます。ところがその途中、無線で「助け」を求める「ガーッ」という音が入ります。
まだ山頂で氷点下の暴風雪のために体が動かずに助けを求める人がいることが分かると、三歩は酸素ボンベなしで、また山頂に向かうのです。
エベレスト山頂近くで遭難者のもとにたどり着いた三歩。無線で「あと1人・・・あと・・・1人だから・・・悪いんだけど・・・(ガッガーッガガ)・・・コーヒー・・・一杯だけ飲んだら・・・そしたらちゃんと・・・行くから・・・。」
酸素欠乏で幻覚症状が現れており、これが最後の無線交信となりました。
★椎名久美(=クミちゃん)
三歩の相棒。県警山岳遭難救助隊の新米隊員。ふだんは県内の北部警察署(架空)の外勤課に所属する女性警察官。
★牧さん
山岳遭難救助会社「昴エアー」のレスキュー隊員。県警ヘリが悪天候で救助のためにフライトできない時でも、遭難者から救助要請があれば夜間でも飛ぶ。
牧は、民間の「東邦航空」にいた故「篠原秋彦」がモデル。
篠原秋彦は1700件もの救助活動にヘリで出動し、2000人以上を救助。「空飛ぶ山岳救助隊長」と呼ばれて頼りにされました。
しかし、2002年1月、北アルプス鹿島槍ヶ岳で、救助ヘリからロープで遭難現場まで下りて遭難者4人をモッコ(=救助用ネット)に収容し、最後に自分もそこに乗り込んだ時、モッコから振り落とされて死亡しました。
物語の中で、「厳しい男」として描かれ、ヘリで救助した遭難者に「死に場所でも探していたのか?ここ(山)は墓場じゃないぞ」と語らせています。これは多くの救助隊員の気持ちを代弁させたようです。
「牧」という役柄がいて、「三歩」とのバランスがとれます。
救助隊員の中にも「三歩は甘い」と感じる人もいれば、「いやいや、いつも自分は厳しく言ってしまうが、遭難者本人は反省してのだから三歩のようなのがいてもいい」と、いろいろいらっしゃるそうです。
「こんな人、実在したらいいね」と思うような三歩の姿勢
この漫画の魅力はいろいろありますが、2つ挙げます。
1つは主人公の「三歩」の人柄。遭難者を絶対、責めないんですね。
三歩は救助を求めていた人に厳しい言葉で反省を求めるのではなく、「よくがんばったね」「よく生きていてくれた。ありがとう」「また山においでよ」と、優しく包み込むように話します。
山が好きで遊びに来たのに、死んではいけないという温かい眼差しがあるんですね。
救助に向かったものの、亡くなった登山者にも「よくがんばった」「山に来たあなたのことを忘れないよ」と声を掛けます。
もう1つの魅力は、三歩と、山岳救助の現場で生きる県警救助隊員、民間ヘリレスキュー隊員、遭難者、その家族などが織りなす人間ドラマがすばらしい。
特に、女性救助隊員、クミちゃんの心理描写や表情の絵がとても上手。女性の気持ちが伝わってきます。
印象に残る場面~どうして山に登るのか
三歩と「ナオタ」の会話が第7巻・第8歩『心の山』にあります。
(※「ナオタ」は父子家庭で育った小学生。父が北アルプスで遭難死し、富山の祖父母に引き取られて暮らす。父の救助に当たった三歩を、「山のお兄ちゃん」と呼んで慕う――という設定)
【ナオタ】
兄ちゃん・・・。
【三歩】
ん?
【ナオタ】
山は・・・父ちゃんが死んだり・・・そうじゃない人もケガしたり・・・でも兄ちゃんは・・・なんでずっと山にいるの?
【三歩】
オレは・・・山が好きだから。
【ナオタ】
なんで?どうしてすきなの?・・・
【三歩】
悲しい事故が起こるのは山の半分。楽しいことがあるのも山の半分。これが山。両方あるのが山。
アメリカにグランドティートンって山があって、そこで救助の仕事を始めたころ・・・登山計画書を出して行った3人が、たった5時間後・・・3人はカミナリに打たれて亡くなったんだ。なのに、その日遺体になった3人と、救助隊を迎えたジェニーレイクという湖は、どこまでもおだやかに澄んでいて・・・山は・・・信じられないほど、美しいんだ。・・・結局分からないんだよ。なんで山が好きなのか・・・兄ちゃんには分からないんだ。
【ナオタ】
その・・・ジェニーなんとかってとこは、そんなにキレイなの?
【三歩】
うん。スンゲエキレイだ。
【ナオタ】
行こう!
【三歩】
ん?
【ナオタ】
次はそこ行こう!ジェニーなんとか見てみたい!
【三歩】
・・・うん。いつか行こう!
「岳」の筆者のこと
作者・石塚真一は1971年生まれ。都内の高校卒業後、南イリノイ大学新潟校に進学。22歳から27歳まで米国の南イリノイ大学とサンノゼ州立大学に留学。気象学を学ぶかたわら、山登りが好きな級友からの「いつかマッキンリー(=北米最高峰の山)に行こうよ」という誘いを受けたのをきっかけに、ロッククライミングのとりこになり、登山の楽しさを知ったそうです。
帰国後、就職した会社が1年足らずで倒産したのを機に、「山の雰囲気を知っているので、漫画で自分が山登りで感じた良い思いを表現したいなあ」と思い、28歳から漫画を描き始めました。
2003年、小学館の「ビッグコミックオリジナル」に『岳~みんなの山~」というタイトルでデビュー。2012年に完結しました。2011年には映画化もされています。
雑誌インタビューで、「みんなが山に行けばいいのに、という気持ちで『岳』を描きました。」「多くの山岳救助隊員から聞いた話を参考にして『岳』を書いています。」と答えています。
登山をしない同僚が愛読していたという驚き
「知ってますか?『岳』っていう漫画のこと。『ビッグコミックオリジナル』で連載してるんですけど。」
たしか2012年の夏でした。同僚と静岡市内の居酒屋で、おいしい日本酒の地酒をグビグビ飲んでいた時、その同僚から聞かれました。
「知ってるよ。単行本をズーッと買っとる。なんで?」と問い返しますと、「僕はビッグコミックオリジナルを毎号買ってるんですけど、いいですねえ、アレ。泣けてきます」というわけです。
ヤマをやらない彼が『岳』を読んでいるなんて、驚きました。彼は「最終回近くで、三歩はエベレストで死んじゃうんですよ。まだ単行本は売り出されていないからご存じないと思うけど。行かなきゃいいのに遭難者を助けに行ってね、自分も死んじゃう・・・。山好きの××さんは死なないでくださいよ」と言って、大笑いしたことを覚えています。
まとめ
山好きの人で、まだ読んでない人は、特に読んで欲しい漫画です。